嫁取りバトル・ロワイアル

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嫁取りバトル・ロワイアル

「宮内親雲上勇心様」 「おおっ!」  チル-の父に名を呼ばれた宮内という男は、両腕を大きく振り回すと、京劇のように見栄を切った構えを取った。  宮内家一子相伝のなんとかいう手を使うとかいう触れ込みであるが、その構えを見ただけでチルーはうんざりしている。 (また格好だけの華手(ハナティー)か) 「いやああああっ!」  大きな隙だらけの構えから、やたら勿体つけた動作で拳を突きだし走ってくる宮内を、チルーは軽くいなして、すれ違いざまに拳で水月への当身を入れる。それだけで宮内は前方に滑り込むように倒れ、そのまま起きてこない。 「勝負あり!チルーの勝ち」  チルーの父が試合終了を宣言した。 「ええ、本日の掛け試しは、これですべて終了となります。つづきはまた明日」  ウガンジュの広場の片隅には、本日チルーに挑んだ五人の男たちがうめき声を上げて寝ころんでいる。 (つまらない。琉球には本当に強い男がいない)  大島クルウや松村宗棍のいうとおりで、本物のトーデの使い手はめったに居ないものらしい。  トーデ佐久川が武名を馳せて以来、琉球の武士や上流階級の間ではトーデを身に付けることが、ひとつの嗜みとなっていた。  彼らは漂着人たちから、あるいは中国に渡って、華やかで見栄えのする拳法の型を習った。このようにして流行したトーデは、とにかく見た目の美しさを競うものであったので、彼らには実戦経験が絶望的に不足していたのである。 (こんなのより辻で掛け試しやってる連中の方がまだマシよ)  辻の掛け試しは素行の悪い不良のやるものであったので、育ちの良い武士は蔑み嫌っていた。  その結果、名家の武士ほど実戦経験が乏しく、名人、達人、大家と名高い者も所詮は踊り上手に過ぎなかったのである、  このような舞踏のようなトーデもどきを、チルーは華手と呼んで馬鹿にしていた。 「華手(ハナティー)か。上手いこと言うね」  掛け試しの後、家に戻ると座敷に上がり込んで茶を啜っていた松村宗棍が笑いながら言った。 「笑いごとじゃないよ。首里城を守護してた勇ましい琉球武士たちはいったどこに行ったのさ。こんなだから薩摩にいいようにされてるんだよ」  チルーの言うように、琉球王国は中国(清)の皇帝より印可を受けた国王を頂く冊封体制下にありながら、同時に薩摩の支配下にあるという複雑な政治体制を余儀なくされていた。 「まあ、いいじゃない。それで平和なんだから」 「奴隷の平和だよ。そんなことより、なんであんた、いつもウチに上がり込んでるの」  最初の掛け試しの翌日に身上書を届けに来てからこっち、松村宗棍は何かにつけてよく訪ねて来るようになった。  どうしたわけか、父にもカミーにも気に入られている松村は、あまり遠慮することも無く寛いでいる。 「松村様は有難いことに、なぜかお前のようなお転婆娘を気にかけてくださっておるのだ。そんな邪見な事を言うな」 「そうよ、おねえちゃん」  こんな調子である。 「それにしてもチルー、嫁取り掛け試しの申し込みがずいぶんと溜まって来たが、どうする?もう止めてもいいんだぞ」  身上書の束を眺めながら父が言う。止めてもいいというのは、父が松村宗棍をずいぶんと気に入っているので、もう松村で手を打ってはどうかという意味だ。しかし戦わずして勝つみたいなのを『君子人の武術』などと呼ぶ松村のカラテを、チルーはどこかで認めていない。 (本当に私を嫁に取りたいのなら、力で奪い取って見せればよいのに。その力はあるんだから)  チルーにはそういう思いがある。  しかしそれが、チルー自身が松村に好意を持っているからだということには、まだ気付いていないのだ。  この三年間、男はすべて憎むべき対象であり、だから男を打ちのめすことに悦びすら感じていた。嫁取りの掛け試しにおいても、挑んでくる者はは徹底的に、その尊厳を踏みにじるまでに叩きのめしてきた。  そんなチルーにとって誤算だったのは、これほど徹底的にやれば、嫁取りの申し込みは無くなると思っていたことだ。  しかし、現実はその逆で、チルーが掛け試しに勝利し武名が高まるほどに、申し込みは増えていった。どうやらチルーを倒し嫁に取ることは、武士としての大きなステータスになると思われ始めていたようである。 「挑んでくるのなら受けますけど、父上。皆様、どこからそんな自信が湧いて出るのか知りませんが、今まで対戦した方々はどなたもまるで歯ごたえありませんでした。弱い男と毎日何試合もやるのは苦痛です。強い人とだけやりたいです」  そうは言っても、誰が強いかなど身上書ではわからない。挑んでくるのは皆それぞれが、秘伝の武術の継承者であるとか、名人・大家であるとか、もの凄い武勇伝の持ち主であるとか、大層な触れ込みなのだ。  ここで、松村宗棍が面白いアイデアを出した。 「こうしてはいかがでしょう。明日はまず挑戦者たち同士で乱戦をやらせるんです。そして勝ち残ったひとりとチルーさんが後日勝負する」 「おお、なるほど。それならチルーも一日に何試合もせずに済みますな。それでどうだチルー?」 「ええ、それがいいです」  このように話はまとまった。この試合こそが後の世の俗に言う『琉球嫁取りバトルロワイアル』である。 (それにしても松村宗棍・・何が『君子人の武術』よ。あきらかに他人の争いを楽しんでいるじゃない)
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