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芭蕉の森の恥辱
亜熱帯に属する琉球は、初夏と言えど真夏のように暑い。
午前の家事と昼食を終えた与那嶺の姉妹もすっかり汗ばんでいた。
「カミー、今日は暑くて堪らない。もう仕事は放っておいて芭蕉園に涼みに行かない?」
父親は商売でいつも留守にしているので、幼少期より家事一切は姉妹の仕事であった。
「いいわね、お姉ちゃん。ふかしたお芋があるから持っていきましょう」
薩摩から持ち込まれた芋は時間をかけてふかすととても甘くなる。
女子がサツマイモを好むのは今も昔も変わらないことなのだ。
カミーが芋を手ぬぐいにくるむと、姉妹は父親が所有する近郊の芭蕉園に向かった。
それは芭蕉布の原料となる糸芭蕉の畑というべきものなのだが、芭蕉布一反織るのに300本もの芭蕉を必要とするため、園というより森といえるほど広大なのである。
照りつける日差しの中を一里ばかり歩くと、目の前に芭蕉の森が広がるのが見えた。
森の手前には小さな掘っ立て小屋がある。姉妹はまずその小屋を訪ね、ただひとりの住人である大島クルウという初老の男に挨拶をした。
「こんにちはクルウおじさん。今日は暑いから芭蕉園の川に涼みに行くね」
チルーが声を掛けると、痩せ老人であるクルウは良く日焼けした顔をくしゃくしゃにした。
このように娘らしい口調で話しているチルーは、まったくもって可憐な花のような美少女である。
「ああ、お嬢さん方。近頃はこのあたりにもよそ者がうろついていることがあるから、十分に注意しなさい。まあ、剛力のチルーちゃんが居れば心配無用かもしれんがな」
そう言って笑う大島クルウも、もともとはよそ者であった。
その名の通り大島(奄美大島)からの流れ者であったクルウは、村にはなかなか溶け込めなかったのであるが、同情した姉妹の父親が芭蕉園の番人として雇ったのである。
「はーい。じゃあおじさんもよそ者が森に入らないように、よーく見張っててね」
「ああ、心がけておくよ。ごゆっくり」
姉妹は小屋を出ると、芭蕉の森の中に分け入った。
その様子を遠方から眺めている者たちがある。
それはもちろん、武樽、武太のならず者兄弟であった。
「兄貴、噂以上の美形姉妹だね。俺、すごく興奮してきた」
「ああ確かに噂以上だ。たしか姉のほうが15歳、妹は12歳・・ちょっとまだガキだな。おい武太、ガキの方はお前にくれてやる。俺はあの剛力と評判の姉をいただくぜ。ふふふ・・調子に乗ったお転婆娘をぶん殴って言うこと聞かせてやるのはなかなか愉快だな」
武樽はサディスティックな笑みを浮かべた。
「じゃあ早速追いかけよう」
逸る武太を制するように武樽が言った。
「焦るな武太。あの小屋のじじいに気付かれねえよう、少し回り道をしよう。なに痩せ老人のひとりやふたり怖くはねえが、騒がれると色々と面倒だからな」
ならず者兄弟は、小屋を迂回するように芭蕉園の脇の方角に向かった。
姉妹がしばらく芭蕉の森の奥深くに分け入ると、清らかな小川の流れる少し開けた場所に着いた。
ここは姉妹の秘密の避暑地なのだ。
「ああ涼しくて気持ちいい。カミー、早く汗を流したいから、すぐに水浴びしましょう」
「うん。お芋を食べながらね」
姉妹はうふふと笑い合いながら、勢いよく着物を脱ぐと近くの芭蕉の木に引っ掛けて川に入った。
流れる川の水は冷たくてとても肌に心地よい。大きな芭蕉の葉が日差しを柔らげている。
川の水に全身を浸しながら食べる芋は格別であった。
「ああもう一生ここから出たくない」
「ほんとうに。もう最高」
まるで極楽浄土のように快適な時を過ごしていた姉妹は、迂闊にも間近に迫っている鬼たちに気付くのが遅かった。
チルーが小さな物音に気付き、音のする方に目を向けた。
(しまった・・・)
そこには全裸の男がふたり、にやにやといやらしい笑みを浮かべて立っていた。
姉妹にとっては初めて見る男の裸体である。その股間に屹立するものを見て姉妹は目を背けた。
「ふふふ・・・そんなに嫌な顔すんなよ。しかし脱がす手間も省けたし、身体を清めて待っていてくれるとはな。俺たちも一緒に水浴びさせてもらうぜ」
武樽の言うとおり姉妹も全裸である。ふたりは両手で胸を覆い隠した。
カミーは怯えて声も出ないが、チルーは気丈にもならず者兄弟を睨み付け怒鳴った。
「お前たちは何者だ?私を与那嶺のチルーと知っての狼藉か!」
「もちろん知っているさ。手組が強いんだってな。しかしお前、裸で俺たちと戦うつもりかね」
まったくもって迂闊であった。この男たちはチルーに着物を着る暇は与えまい。
「俺は泊の武樽、これは弟の武太だ。たっぷりと遊ばせてもらうぜ」
「近づくな!近づけばお前たちの手足をへし折ってやる」
怯えて蒼白になっているカミーを護るためには裸を気にしてはいられない。
意を決したチルーは小川から立ち上がり、身構えた。
まさか生娘が裸のまま立ち上がるとは思っていなかった武樽は、水の滴る若い娘の裸体を前に目が釘付けになってしまった。
その隙を逃さず、チルーは武樽に躍りかかった。
頭から武樽の腹に突っ込むと、武樽は衝撃で体をくの字に曲げた。
チルーは武樽の胴に両手を回すと、力の限り振り回すようにして投げ飛ばした。
しかし、チルーの攻勢は長くは続かなかった。
投げられる瞬間に、武樽の爪先による蹴り当てがチルーの水月にめり込んだのである。
武樽がくるりと身を翻して両脚で地面に立つと同時に、全身の力が抜けてしまったチルーは尻もちをつくように崩れ落ち、そのまま仰向けにひっくり返ってしまった。
チルーの身体の上に、武樽が馬乗りに飛び乗る。
武樽の当身の不思議な効果で、チルーの身体には力が戻って来なくなっていた。
「手こずらせたな、与那嶺チルー。噂通りの力だが、あいにく俺のトーデが一枚上手だったようだな。さて」
武樽は舌なめずりをした。
「次は俺がお前に男を仕込んでやる。たっぷりと時間をかけてな」
「待って、妹はまだ子供なの。妹だけは勘弁してあげて」
「おいおい、それは無理ってもんだ。弟だってもう我慢の限界だからな」
その弟の武太はすでにざぶざぶと水音を立てながら、自分の裸身を抱きかかえるように小さくなって震えているカミーに近づいていた。
チルーは力の入らぬ自分の身体が悔しくて、血が出るほどに唇を嚙みしめた。
その時である。
「おいっ!貴様ら、何をしておる」
地面を震わすような男の声が響き渡った。
チルーが声のする方に目を向けると、そこに立っていたのは小屋に住む痩せた老人、大島クルウであった。
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