百度踏揚(ももどふみあがり)

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百度踏揚(ももどふみあがり)

「あれは百度踏揚(ももどふみあがり)の生まれ変わりに違いない」  与那嶺チルーの姿を見かけた人々は口々にそう噂した。  百度踏揚とは第一尚王朝時代末期の姫の名で、とにかく絶世の美女であったと言い伝えられている。そうは言っても写真が残っているわけではないので誰もその姿を見た者はなく、つまり小野小町などと同じく美しい娘の喩えに過ぎないが、18になったチルーはそれほど以前にも増して人目を惹く美しい娘に成長していたのだ。  もうひとつチルーが人目を惹いたのは、異装を好んだせいもある。  一般的に裕福な家の娘は、日本の振袖の影響を受けた華美な着物を着用する。チルーも生地こそは上等で美しい布で着物を仕立てていたが、その着丈はまるで百姓の着物のように短く、さらにその着物の下にゆったりしたパンツ状の薄くて丈夫な袴を着用していた。履(くつ)も草履などではなく、唐風の足を包み込むブーツのような物を履いていた。  並みの女がこのような服装をしていたならば、ただ奇をてらった服装に見えたかもしれないが、顔もスタイルも今で言うならモデル級に美しいチルーである。それはとてもファッショナブルに見えたであろう。チルーの姿に見ほれたのは男衆のみでなく、若い娘たちの憧れとなり、中にはチルーのファッションを真似る娘もちらほら現れ始めた。  しかしチルーがこのような服装をしていたのは、そのような世間の関心やファッション性とは無関係で、すべてはただトーデのためであった。  一般的な琉球の女性の着物はとかく動きにくい。  丈の長い着物では運足もおぼつかず、蹴りを利かすことも難しい。  蹴りを得意とした武樽に遅れを取らないための工夫を重ねるうちに、このような服装に行きついたのである。  その日の夜、辻の遊郭街の一角にそのような異装のチルーが立っていたのだから、目立たぬわけがない。  早速、泡盛の匂いをぷんぷんさせた荒くれ男たちがチルーに絡んで来た。  顔中髭だらけの大入道、三白眼の痩せた男、力士のように体格の良い男の三人だ。 「なんだ、お前おかしな恰好しているが女だな」 「しかも、まだ小娘じゃねえか」 「若い娘がこんなところで何をしている?まさか身売りでもしに来たのか」  チルーは男たちの顔を上目遣いでゆっくりと見回すと、少し小首をかしげてにっこりと微笑んだ。  その美しく愛らしい笑顔と仕草に、男たちの胸が高鳴ったのは言うまでも無い。 「ねえねえ、お兄さんたち。私と遊ばない?」 「お前、辻の街角で春を売ってるのか?いくらだ」 「そうじゃなくて、掛け試しの相手してほしいの」  身の丈は五尺にも満たない小柄で若い娘の意外な申し出に、三人の男たちは一瞬きょとんとした後、大声で笑い出した。 「ぶははっ・・女のくせに掛け試しだと?おかしなこと言う娘だな」 「あのね、もし私が負けたら、私のこと好きにしていいよ」  それは男たちが笑うのを止め、頭の中が一瞬真っ白になるような申し出であった。  この頃のチルーはそれほどまでに美しく魅力的であったからだ。  少し間をおいていち早く我に帰った髭入道が言った。 「それでお前が勝ったら何が欲しい?」 「別に何もいらない。ただ聞きたいことがあるから答えてくれたらいい」 「ふーんそうか。で、俺たちの内、誰とやる?」  チルーはもう一度にっこりと微笑んで、そして声を低くして言った。 「時間が無いから三人まとめてやってやるよ、クソ野郎ども」  言い終わらぬうちに、チルーの右足首が髭入道の股間にめり込んでいた。  眼球が飛び出しそうなほど目を見開きながら前に倒れてくる髭入道の顔を、チルーは右膝で下から蹴り上げる。  髭入道は血と折れた歯を数本飛び散らせ、地面に崩れ落ちた。 「あっ、このガキめ、やりやがったな」  力士がそう言ってチルーの後ろから抱き着くように組み付いて来た。  イラついた声でチルーが怒鳴りつける。 「暑苦しいんだよ、豚野郎」  チルーの剛力は健在である。そのまま力士を背負うと大きく弧を描いて投げ飛ばした。  地面に叩きつけるとき、ついでに肘の当身を水月にめり込ませる。  力士は白目をむいて、舌を突き出し気を失った。 「うわわ・・・」  ふたりの大男があっという間に倒されたのを見た三白眼は、慌てて後ろを向いて逃げ出そうとしたが、集まって来た野次馬たちに立ちふさがれたため逃げ遅れ、チルーに後ろ髪を掴まれてしまった。  三白眼はそのまま後ろに引き倒され、チルーの立てた膝の上に後頭部を乗せられる。  三白眼を見下ろすチルーの目はハブのように冷たく、美しさが却って恐ろしく思えた。 「あんた、掛け試しの最中にどこへ行くつもり?」  背筋が凍るほど冷たいチルーの声であった。 「すみません、助けてください。俺は喧嘩は苦手なんです」 「ふーん、そう。じゃあ約束通り、あんたから話を聞かせてもらうとするか」  チルーは肘を使って三白眼の鼻をぐりぐりと押さえながら言った。 「はい、知ってることならなんなりと」 「あんたたちならず者の仲間についてだ。泊の武樽、武太の兄弟を知っているか」 「はい、知ってます。しかし兄の武樽はもう三年ほど姿を見ておりません。噂では清国に居るとか」 「清国・・・では、武太は?」 「奴も最近見ませんが、おそらく泊の実家に居ると思います」 「実家?」 「ご存知ないんですか?あの兄弟は泊の宗久親雲上の倅ですよ」 (・・・宗久親雲上。。) 「あの・・すみません、お嬢さん。俺、この体勢は苦しいです。他にまだ聞きたいことありますか?」  チルーはにっこりと微笑んだ。小悪魔のような笑顔だ。 「ううん、お兄さんたち、今日はみんな遊んでくれてありがとう。じゃあね」  そういうと同時に三白眼の顔面に肘を振り下ろした。  膝と肘の挟み打ちで、もはや原型を留めていない三白眼の顔を地面に落すと、チルーは立ち上がり野次馬をかき分けてその場を立ち去って行った。後に残されたのは三人の怪我人と野次馬たちである。  野次馬たちは口々に噂話をはじめた。 ・・・あの娘はいったい何者だ? ・・・あれは与那嶺の女武士チルーだよ。綺麗な顔をしているが恐ろしく冷酷で強い。 ・・・ひどい男嫌いらしい。気に入らない男はみんな、こいつらのような目に会うんだ。 ・・・あれは百度踏揚(ももどふみあがり)の生まれ変わりだそうだ。 ・・・百度踏揚? ・・・チルーは琉球随一の美形だがね、男の顔を百度踏みつけて、百度蹴り揚げるんだ。。。  
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