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大貴族様に託された奥様を抱きながら、ハンスは琥珀の国の女達も抱いた。奥様はベッドの上でハンスに貫かれながらこう言った。
「お嫁さんを、もらいなさい」
ハンスは笑ってこう言った。
「それで?なんて言うんです?私はお義母さんとも寝ているから、仲良くみんなでベッドに入ろうとでも?」
そう問うと、奥様は悲しく笑って「ごめんなさいね」と言ってからそれからは何も言わなくなった。それでハンスもその話題には金輪際触れなかった。ただ、淡々と、しかし慈しみと快楽のある生活を十年続けた。そして奥様は胸の病で亡くなった。ハンスは大貴族様と奥様が住んでいた大きな屋敷に一人で住むことになった。
ハンスはどうにもつまらなくなった。女を愛することはできなかった。体を繋げても、奉仕は出来ても愛することはできなかった。ハンスは女ってずるい、と思っていた。女達はハンスと一度寝れば、ハンスの事が好きになる。お手軽な事だ、と胸の中で軽く嘲笑した。女遊びに飽きた頃、ハンスは三十代後半になっていた。二十代よりも落ち着きのある男はもはや、言葉など使わなかった。彼の浮名は社交場に轟いていたからだ。
彼と目線を交わしたら。そして彼が頷けば。
女はそっ、とハンスの前に立てばいい。後は彼がエスコートしてくれるから。
後腐れもなく、束縛もしない良い男だから。
女達はそう囁き。夫に抱いてもらえない女や、性の喜びを知らない娘達はこぞってハンスに抱かれたがった。なぜなら彼は、とてつもなく、上手だったから。見目麗しく、丁寧で優しく、体以上の物を求めず、一夜の極上の夢を提供してくれるのだ。女達にとって【平民侯爵】は素晴らしい男であり、神からの贈り物だった。
だが、ハンス自体は日々、虚しさを感じていた。
つまらなかった。
快楽で繋がった家族であるが、大貴族様と奥様が恋しかった。その他の繋がりなどいらなかったのだ。ただ肉欲は不思議といつでも湧いてきた。他にすることもなかったので、女を毎日抱いていた。
ある日のことだ。ハンスは貴族の社交場で男性だけが入れるクラブの誘いを受けた。
「君は平民の出で【平民侯爵】と揶揄されるような下卑な男ではあるが……君が唯一持っているものが認められた。ありがたくクラブに入会するがいい」
慇懃無礼に語る男が誘ったのは貴族の、それも選ばれし貴族が所属する【赤の会】と名乗る紳士クラブであったのだ。
ハンスは目を細めて答えた。
「ダー・デオミラ」
そうかい。とハンスは言ったのだ。
「ダー」とはこの国の応はいである。「ヅェ」が否いいえである。普段、人々は「ダー」や「ヅェ」のみで応か否かを答えるが、ハンスはそうではなかった。
「ダー・デオミラ」と「ヅェ・デオミラ」を用もちいた。
これは若者の、スラングである。
スラム街の若者がよく使う言葉で、伝法に格好つけて「そうかい」「そうかよ」「そうでもいいんだぜ」というような意味合いを乗せて応というのが「ダー・デオミラ」で、「だめだ」「そうじゃねえよ」「どうかしてるぜ」「これは間違っている」という意味合いが「ヅェ・デオミラ」だった。若者達はこの言葉を二文字の「ダー」や「ヅェ」を言う速度で六文字の言葉をしゃべるのが粋としていたが、ハンスはこのスラングをゆっくりと述べる。
それは貴族に成ってしまった自分への抵抗か、それを聞いて顔をしかめる貴族たちを見て楽しむために始めたのかはハンス自身も忘れてしまったが、彼はこの言葉を直そうとはしなかった。例えその言葉を使っているから平民侯爵などと言われていると知っていても、ハンスは笑って「ダー・デオミラ」と言うのだった。
なぜ高貴な方々の為のクラブ【赤の会】が下賤な生まれのハンスに誘いをかけてきたのか。
それはハンスが下賤な生まれでも、大変見目麗しい男であったからだ。骨格も顔面も声音も神の御業のような出来栄えの彼は女性の心を奪ったが、それと同時に好色な男性の心さえ射止めていたのであった。
【赤の会】で行われた事。
最初の懇談会で振舞われた赤紫の毒杯。
毒は死だけを纏っているのではない。性の悦楽が液体に混ざり潜んでいることも毒と宣うこともある。葡萄酒に混じった強い毒気の媚薬がハンスの喉、食道を通り、胃に落としこまれ、全身に巡った頃、ハンスはベッドに横たわっていた。貴族の、派手な金糸銀糸を織り込んだ紺碧の上着とズボンは丁寧に赤の会に属する貴族の召使達によって剥がされて、高価な香油だけがハンスが唯一身に纏っている有様になった所で、「食べ頃だろう」と言ったのは誰だったのか。ハンスのおぼろげな記憶の中では相当高貴な男の声に似ていると思った。それはこの国で一番の、王様……と言ってしまえば不敬にあたるので、ともかく老齢の男がそう告げた。それを合図に男達はハンスを貪った。
ハンスは喘ぎ、呻き、貫かれ、奉仕を強要され。
最後の最後に男達に犯されながら思った。
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