精霊王が死んだ

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快楽、という物における見解、解釈の見事さにおいてはハンスは他の誰よりも勝っていた。なぜならハンスは快楽の専門家なのだ。 この世で一番重要で、適切で、不要で、下賤で、しかし繁殖において、希望において、全ての行動の中に混じらなくてはならないものが快楽である。 「快楽は希望にならないが、快楽があれば絶望はしない。心地よさよりも、気持ちよさ、そうだろう?」 そう言ってハンスはふふふ……と密やかに笑う。 金は正直言って、要らなかった。 なぜなら大貴族様の遺産は莫大であったし、大貴族様の領地から毎年年貢が入ってくる。贅沢しても有り余る冨。 金なんか、欲しくなかったのだ。 欲しいのは退屈しのぎだった。 だからなのか。 悪事で作った金をそっくり労働者階級の革命家にくれてやっていた。 それは、自分を育てた孤児院で一緒に育った年下の男だった。 大貴族様と奥様が死んだ後、気まぐれに育った孤児院に行き、寄付をすることにした。そこで偶然彼に出会った。 「貴族が一人死ねば皆大袈裟に泣いて偲ぶが、飢えて死ぬ民衆の数を勘定した貴族などいない。これに俺は憂いている」 ぼろぼろの服を着て水さえろくに飲めない生活をしている男の前で、高い葡萄酒を飲みながらハンスは相槌を打つ。誰が死のうが興味がなかった。だが、その男の凛とした表情や、自分と違って人生に目的がある様子などが酷く羨ましいと思った。怠惰に快楽に身を委ねている自分よりもその男が高貴なのではないかとさえ思ったのでハンスはこう言った。 「ダー・デオミラ」 ぞんざいに告げてからこうも付け加えた。 「私は今、暇なんだ。面白い事をやろう。それも、貴族が自ら金を出して狂い死にするような、面白い遊びをしてみせよう」 男は怪訝な顔をする、だが、ハンスは笑ってやった。 「私はね……なにもない男なのさ」 「なにもない?なにを言っているんだ。お前は親無し子でありながら、侯爵にまで成った男じゃあ、ないか」 「ふむ……?そうかね。みんなと沢山、助平すけべをしただけだよ。今の私が何をして生きているか知っているか?生まれてこの方、女と寝ていた。そして今では男とも寝る。それだけの、ただの生ける快楽人形なのさ。つまらないね、なにもかも。だから……まあ……生産的なことをしようと思っただけさ」 そう言ってからのハンスは。 売ってはいけない薬物を売り、買ってはいけない外国の武器を買い、飲んではいけない快楽交じりの酒をお偉いさんと共に飲む。 美しい体で貴族たちを翻弄し、金を出させ、革命家の男に武器と貴族達に流行らせた麻薬で稼いだ金、そっくりそのまま全てをくれてやった。 そうすれば段々あちこちで民衆が奮起する。外国製の高い武器を握って安穏とした生活で堕落した貴族をぶち殺す。 その様子を社交場で聞くのが面白くって、おかしくって。 ハンスはますます妖艶さ、淫らさに磨きがかかった。 それから、三年後。 革命家の男は捕まった。ギロチンにかかって、首が飛ぶ。 民衆は貴族の力に負けたのだ。 それと共に、ハンス・ヘルゲデウスの悪事も革命家の男の家にあった日記によって明るみに出た。 ハンス・ヘルゲデウスは侯爵の爵位を奪われて囚われ、ただの男に逆戻り、とうとう正式に死刑宣告まで出されたが。 ハンスには余りにも多くの羨望者、賛美者が在った。 「彼の首を刈り取るのならば、彼の体積ほどの金塊で彼を買いたい」 と申し出る貴族もいたし、 「彼はきっと自分の生まれと同じ男に脅されていたに違いないのでどうか救済を……。なぜなら彼は今では立派な貴族なのです」 とよく解らない持論でハンスを庇う者もいた。
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