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最初花屋で美咲を見つけた時、僕は自分が幻覚でも見ているんじゃないかと思った。 母親に、ふと、花でも送ろうかなと思って、なんとなく立ち寄った花屋に美咲はいた。 幻だと自分の目を疑っている時に、美咲に話しかけられた僕は驚いて、つい目を逸らしてしまった。 彼女は僕が話しかけてほしくないと思っているように感じたのか「何かあればお声掛けください」と僕から離れて行った。 僕はもう一度花を買うために彼女に声をかけた。 まだパーマをかけていない、右の頭にある傷を気にしながら。 「お!!!…社員代表…!」 揶揄うように言った琢磨君の視線の先には、なんとも言えない表情を浮かべる卓也君が立っていた。 もっとそれらしい表情をしたらいいのに。 相変わらず、不器用だな。 と、僕は心の中で呟く。 「有休だして、見送りに来てよ」と言った僕のお願いを聞いて、本当に来てくれた。 「嬉しい。来てくれたんだ」 僕はわざとらしく言って笑った。 琢磨君と佐賀さんは、僕が卓也君にわざわざ来てもらった事を知らない。 「お世話になりましたからね…綱島さんには」 「そうだね。お世話したね…!」 僕は卓也君の言葉に同意して、笑いかける。 そして美咲から許可を貰って、集朔を抱き上げた。 集朔は驚いたのか、足を空中でばたつかせてみせる。 「…お世話になりました…って言って? お兄さんに」 僕は集朔を卓也君の前に持って行って言った。 「タッタ!…?…あーう…」 集朔は訳がわかってないのか、それとも何かを感じ取っているのか、卓也君の顔を黙って見つめていた。 卓也君は心無しか神妙な顔つきで、集朔の顔を見つめる。 そして「大きくなりましたね」と集朔に笑いかけてから、集朔の頭に触れようとした手を引っ込める。 何か思う事はあるのだろう。 集朔と卓也君は、紛れもなく親子なのだから。 「そろそろ行きますか…? 結構いい時間です…!」 佐賀さんが時計に目をやったあと、僕と美咲と卓也君の顔を交互に見て言った。 「そうだね」と僕は頷いて、美咲の腕の中に、集朔を戻し入れる。 そして僕は、卓也君に2、3歩近づいた。
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