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《亀谷美咲の章》
また風邪を引いた。
昔からよく風邪をひく子供だった。
熱が出て、よく母に看病してもらった。
風邪は辛かったけど、風邪の時食べるアイスクリームとか、心配してくれる母の優しさとか、氷枕のひんやりした感じとかは好きだった。
「亀谷さーん。亀谷美咲さーん」
名前を呼ばれて、立ち上がる。
待ち時間は1時間ほどだったのに、診察は5分。
会計は20分ほど待った。
少しシワのついたカバンを持って立ち上がる。
図書館でもらった、本を入れる為の袋を、今日はカバンとして使っている。
「美咲…?…美咲!!!」
立ち上がって横を向くと、一つ席を空けて座っている男が声をかけてきた。
私の瞳がその男を捉えると同時に、ハッとした。
神崎卓也
高校の同級生で、陸上部だった。
私の高校はクラス替えが無くて、3年間出席番号順の席で席替え無し。
いつもこの男と後ろ前の席だった。
「久しぶり」
白い歯を見せて卓也は声をかけてきた。
日に焼けて浅黒い肌が、歯を白く見せているのかもしれない。
「久しぶり…びっくりした…」
驚いて、上擦ったいつもと違う声が出た。
「10年ぶりだよな?
美咲成人式来なかったし…元気?」
「亀谷さーん…亀谷美咲さーん」
もう一度名前を呼ばれた。
会計に行かなくては。
「元気…でもないけど…
ちょっと待ってて…会計してくる…!」
私は卓也に告げ、会計窓口を指さした。
会計へ向かうまでの間、自分の心臓の音が、自分の耳に聞こえていた。
神崎卓也。
高校の頃の私が、密かに憧れてた人。
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