赤い扉、青い扉

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「春ちゃん、今どこにいるの?」 「わかんない……。お母さん、どうしよう……」  気がつくと、暗闇の中にいた。  学校から帰る途中だったはずなのに、鞄も何も持っていない。唯一、制服のスカートのポケットにスマートフォンが入っていた。  電話の向こうの母の声を聞いて、思わず涙がこぼれる。 「真っ暗で、何も見えないの。怖いよ、お母さん。助けて……」 「大丈夫、落ち着いて。春ちゃんは今、一人? 周りに誰かいない?」 「たぶん、誰もいない……。何の音も聞こえないもん」 「そしたら、とりあえず歩いてみて。何か見えてくるかも」 「うん……」  恐る恐る歩みを進めると、やがて何かが見えてきた。 「あれ……。何だろう」 「何かあった?」 「うん。あれは……赤い扉と青い扉」 「扉?」 「うん」  暗闇の中に突然現れた、二つの扉。  光が当たっているわけじゃないのに、その二つの扉は、くっきりと色鮮やかに浮かび上がっている。 「どっちかの扉を開けたら、家に帰れるかな?」 「そうね。まずは、赤い扉を開けてみたらどう?」  目が覚めるような赤。そのドアノブをゆっくりと回す。  次の瞬間、(まばゆ)いほどの光が差し込んだ。  長方形に区切られた世界には、見覚えのある景色が見える。 「……あっ、家だ!」  そうだ。黒い屋根に真っ赤な壁の、二階建て。  間違いなく、私の家だ。  小学生の頃、家を建てることになった時、「真っ赤な壁が良い」って言った母に、泣いて猛反対したっけ。「落ち着かないし、恥ずかしいから嫌だ」って。  結局、あきらめたけれど。  いつも嫌で嫌で仕方なかったな。  でも、そんな家でも、今は恋しくてたまらない。早く帰りたい。
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