トラベルは冒険心と共に 第一話

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トラベルは冒険心と共に 第一話

 おまえの姿を見てしまった者が、まだ生きているとするならば、おまえの話はぜんぶ嘘だ。なぜなら、その者がまだ死んでいないのなら、その者はおまえの姿を見たはずがない。逆に、もう死んでしまっているのならば、おまえを見た者の話をすることなど、できはしない。 フランシスコ・デ・ケベード『バジリスク』より  不況にあえぐ雇用主から辛うじて支払われた、夏季のボーナスの多くを費やして企画した、久しぶりの海外旅行。子どもの頃から、臆病で人見知りな私が、異なる言語や文化を持つ海外の国々を見て回ろう、などという冒険に挑むことになろうとは、日々長時間残業を繰り返し仕事に没頭していた、新卒当時なら想像もしなかったであろう。仕事もようやく軌道に乗り、生活にも張り合いや余裕が生まれてくると、余暇の有意義な使い方やその目的さえを考える余裕がようやく生まれてくるということなのだろうか。古本のチェーン店で購入した、信用のおけない安物の旅行ガイドとネットで得た最低限の情報に頼りつつ、何とかスケジュールを組み上げてみた。初めて降り立つ異国でも、自分の描いた通りに名所周りをこなしていくつもりだった。独学で身につけたあやふやな英語を用いることで、機内や空港で外国人スタッフと対話をすることや、ホテルまでの道中で想定外のトラブルに遭わないか、ということが旅慣れない人間としては、一番不安に思っていた部分であったが、イラスト付きのわかりやすい看板や、数か国語を操るスタッフたちの丁寧な応対にも助けられ、ここまでは、なんてことはなかった。  三日目の午前中は、広大な植物園を巡る見学ツアーに参加することにした。この植物園は世界遺産にも指定されており、この国随一の名所である。その広さたるや、終始うつむきながら、辺りの景観をいっさい見ずに園内を一直線に突っ切っていくだけでも、一時間近くを要するものらしい。ただ、数千種類の豪華な蘭が生殖している一画を除けば、どれだけ長時間滞在しても、入場料金は基本的に無料ということなので、日に日に衰えつつある己の脚力を試すために、ストップウォッチを片手に、Tシャツ一枚のみで全力疾走してみるという試みも、決して悪くはないのでは、とも真剣に思った。しかし、余暇をとっての海外旅行など、貧乏人には一生のうち何度もできるようなイベントではない。与えられた時間はチャレンジにではなく、各名所の有意義な見学のために使うべきだと思い至った。それに加えて、熱帯にあるこの国は、Tシャツ一枚でどこへ行ったとしても、とにかく気温が高い。日陰で休憩をとっていても、滝のような汗が吹き出してくる。おまけに、この園内には屋根というものが、いっさい存在しない。慣れない行動は、思わぬ危険を呼び込みかねないのだ。  そこで、素人考えでは行動をせず、三時間限定の園内散策に参加することにした。四か国語が話せるという、プロのスタッフが道案内をしてくれ、その上、薄っぺらいパンフレットも付いてくるという、この分かりやすいオプションを見つけ出したのだ。それぞれ別の国からやってきたと思われる、計六名の男女でグループを組み、朝九時に植物園の入り口から出発となった。スタートだけは順調であった。この広い敷地にある人気スポットを、なるべく効率よく回っていく予定であった。 「いくら金儲けのためといっても、たかが植物のために、これだけの労力を使うことには、まったく驚きですわ。この数万種にも及ぶ植物たちの手入れや管理をするのに、いったい、何千人の職員の手があれば、間に合うのかしら? 園内を巡る警備員だって、数十人程度では敷地のすべてを回ることはできませんものね」  入り口のゲートをくぐってから、しばらくは、深い緑の木々に囲まれた細い道がうねりながら続いていく。見渡す限りに拡がる濃い緑の植物の群生を眺めながら、私の三歩前を進んでいたアメリカ人の中年女性はため息をついた。その格好から、NYやフロリダなどの流行の発信地から来たとは思えない。おそらく、南部の田舎町からの訪問者であろう。しかし、祖国が大国ということだけを武器にして、この二人は、ほぼ一日中、高飛車な態度で行動していた。 「この植物園は、世界に冠する我が国のディズニーランドと、ほぼ同等の広さがあるそうだ。こんなものを設計するとは……、正気の沙汰とは思えんね。まあ、観光客から搾り取る収益だけで国家の財政を成り立たせようという種の国だから、それぐらいのことに、喜んで投資するんだろう。こんなアジアの小国の中に、五つ星以上のホテルだけで、いったい、いくつあるんだろうね……。我々の常識からすれば、まったく、常軌を逸しているがね」  この小煩いアメリカ夫妻は、四日ほど前からこの地に滞在しているらしく、後に聞いたところでは、その間ずっと、アジアの国々の悪口ばかりに精を出していたらしい。やれ、室内清掃スタッフの対応が遅いだとか、話し方に品がないだとか、上半身肌着で廊下を歩いている品のない客がいるだとか、部屋に設置されている家具にセンスが感じられないだとか……。自国の先進性をアピールするために躍起になっているのかもしれないが、かの国の経済が発展しているのは、本当に一握りの天才たちの閃きや商才や数による暴力のためであり、彼らのような、どこにでもいる中産階級、つまり、数年に一度旅行できるかどうかの階層にいる人間たち個々の力が優れているわけではない。偉そうに前を行くこの二人も、十年に一度は必ず起こるであろう大不況や戦争や残虐なテロや、目も当てられない災害に巻き込まれれば、命か財産を完全に失い、あっけなく路上生活に陥るか、拳銃片手にスラム街の商店に乗り込むか、あるいは、首に縄を巻くしかないわけだ。私としては、そういった結果を望んでいる。しかしながら、たとえ、実際に彼らが滅んだとしても、次の年には、その厄災を無事に乗り越えて、生き延びてきた別の人種が、大手を振って遊説にやってくる。つまり、代わりはいくらでもいる。悲しいことに、ありふれた人間は、世界のどの観光地に行ったとしても、この視界にありふれているのだ……。  我がグループの一番後方には、タイ人の親子が付いてきていた。母親の外見は黄色いTシャツに下は赤い短パン。子どもはまだ五歳くらいで、首からひも付きの布製の財布をぶら下げ、麦わら帽子をかぶっている。園内にはアイスクリーム売り場やお気に入りのアニメグッズの販売店がないことで、不機嫌(ストレス)を隠そうとはしない。園内に入る前から、ずっと早く帰りたいと泣き喚いている。母親としても、一応は他の参加者に対して気を使おうとしているらしく、そろそろ、むきになって叱りつけ始めた。しかし、当然ながら、まだ知性の育ちきっていない息子の側は、さらに激しく反抗してくる。たちまち、見たくもない大変な怒鳴り合いに発展してしまった。その後、十五分以上この無意味な言い争いは続いた。タイのご家庭では珍しくもない光景なのかもしれないが、他の観光客の眼前でもこれができるのは、一種の民族性なのかもしれない。アメリカ人夫妻は不満や苛立ちを通り越して、もはやあきらめ顔。五メートルほど離れたところで、時間を持て余すように佇んでいた、若い金髪の女性は、湧水を模して造られた洒落た手洗い場の傍に佇んでいたのだが、このお祭り騒ぎのような賑やかな展開を、今のところは不平を言わず、静かに観察しているのである。しかし、やや飽きがきたのか『園内禁煙』の立て札があることを忘れて、ポケットからライターを取り出そうとして、係員からひとこと注意を受けていた。  その後、このはた迷惑な子供の叫び声、怒号、金切り声は、どんどんと勢いを増していき、そのすべてが同じグループである我々にとっての大きな負担、そして、強烈なストレスとなっていくのだった。公共施設や旅先での、こうしたおぞましい光景は、いつの御世にあっても、決して珍しくはないわけだが、なぜ、その当たり前が、これほど重い心労になるのかと問われれば、その最悪ともいえる事態に対して、我々善意の第三者が、加害者の一味に対して、助言や警告の一切を発するという最低限の権利さえ有していないからである。しかし、誰かが注意を与えなければ、このツアーは前に進まない。それほど困難な空気が、現場一帯に漂っているのである。すなわち、『これは家庭内の問題であって干渉はいっさい不要』  一連の恐るべき騒ぎの中での、ただ一つの幸いといえば、今のところ、この付近に我々のグループしか見受けられなかったことである。看板すらも確認せずに、この園内に踏み込んだ無鉄砲な観光客が、もし、いたとしたら、このタイの子供の叫び声をその耳に聞きつけて、『おお、ここは動物園であったか。たまにはいいものだな』と思い込んでしまうのかもしれない。ブルーの半袖のYシャツを着こなす、屈強な外見をしたアメリカ人男性は、なるべくなら母子の耳に届くようにとの願いを込めて、大きく舌打ちをしてみせてから、片足で地面を力いっぱい蹴り上げてみせた。ただ、その演技賞ものの舌打ちも、舞い上がった砂ぼこりも、夫の大人げない行為に対する、その妻の心からの同情と同意の眼差しすらも、タイの幼児から発せられる騒音レベルの喚き声の前には、そのすべての行為が、すっかりかき消されてしまった。この後、不満を表す様々な行為が試みられたわけだが、恐るべき母子の前に、一切の苦情は受けいれない空気の中にあり、蒸発しては消えるのであった。少し離れたところで、この様子を心配そうに伺っていた、うら若い金髪の娘さんは、やがて、一歩二歩と少しずつ、とある意思をもって歩みを進め、我々の集団の中に取りつきつつあった。カジュアルな服装に清楚な外見、北米かあるいは欧州から遊びに来た学生さんに見えた。私の目は次第にこの女性に惹かれるようになっていく。  実は、この集団のすぐ傍に彼女の存在があることには、かなり前から気がついていた。しかし、先入観とは恐ろしいものである。そして、他人の評価や印象とは、常に外見からくる先入観と直感に頼りきって作られてしまう……。この私もやはり愚かしい生き物のひとりなのだ。その余りの清純さと少し寂しげな立ち居振る舞い……、そう、こういう若い女性の旅路には、そのすぐ横に恋人やほぼ同レベルの女友達が付きものではないだろうか? 彼女にはどことなく影があり、こちらで確認していた限りは、ずっと一人で行動していたから、思わず、別グループのガイドさんなのか、あるいは、そのお手伝いさんではないのかと勘ぐってしまったわけだ。しかし、本当に独り身の女性であるならば、この私にも思わぬチャンスが巡ってきたことになる。できれば、この見学の後で、お茶にでも誘ってその反応をたしかめ、少しでもお近づきになりたいと、希望は膨らんでいた……。  だが、こういった状況においては、我々ハンターとしても、慎重に見極めてから行動せねばならない。慌てて手を出して『後ろ姿だけはパーフェクトでした!』ということも、悲しい人生の中によくみられるからだ。私は上半身を少し右に捻って、彼女の顔を正面から見据えた。その瞬間、その宝石のような青い瞳が、ちらっとこちらを向いた。 『どう、お望み通りでしょう?』  その容姿を確認した瞬間、私のきわめて鋭敏な脳の内部では、外国人美女獲得のための活発な活動が、すでに開始されていた。つまり、この美しい女性と、どのような形で恋人となるためのきっかけを作っていくか、つまり、会話をどう巧妙に仕向けるか、という単純な欲望の解決へと動き出したのだ。さして、長所を持たない独身中年男性としては至極当然のことだ。だが、欲望はそれよりずっと遠くへ、すでに遥か未来の結婚式というゴールテープに向けて突き進んでいた。この旅行に出る前の暇つぶしに、想像を膨らませるために何度も眺めてきた、やや古いガイドブックに掲載されていた、若者向けの名店の数々が、この時、鮮やかに思い起こされていたのである。この場合、市場価値においては、遺憾ながらも、向こうに軍配が上がるとみるが自然だ。となると、恋愛を開始するか否か、というもっとも重要な選択権についても、当然のことながら、金髪美女が所持している、と考えるのが普通である。飢えた狼が、高い木の枝に生った赤い木の実に首尾よく喰らいつくためには、まず第一歩において、きわめて慎重な振る舞いが求められることになる。  行き惑う我々からは、少し離れた場所に、小さな浮き島があり、その中央には、見事な鷹の彫刻とゴシック風の小さな館が見えた。その周囲を小さめの池が取り囲み、鏡のようなその水面には、形の整ったいくつもの蓮の葉が浮かんでいる。品のある白い睡蓮の花もここから眺められる。この植物園を訪れた様々な人種で構成された観光客たちは、皆、その周囲にどっかりと腰をおろして、しばしの休憩をとっているようだった。この場では飲食も自由にできるようだ。ただ、ここで立ち止って、気持ちのリセットを計ろうにも、例の子供の絶叫に対しては、ほとんど解決策を見出せそうになかったのである。そこで、我々は無言で通り過ぎることにした。  予定外の出来事ひとつのために、約二十分程度のロスタイムが生じてしまった。すっかり空気の悪くなった隊列は、ようやく行進を始め、自然公園の奥へと進んでいった。徐々に緑は深くなり、見慣れない植物や野鳥の姿に感嘆してシャッターを切る機会も増えてきた。人は日々の退屈な生活の中では見受けられないものをその目に認めたとき、ようやく、「海外旅行」というイベントの持つ特別な意味を知る。その代わりに警備スタッフや売店などを見る機会も少なくなっていた。古代から、崩れ去った人間関係の修復には、時の経過ほど有効なものはないといわれてきた。そのまま、遊歩道に沿って歩き続け、あの何ともやりきれないバカ騒ぎから、ゆうに三十分も経過する頃には、アメリカ人夫妻や見目麗しいフランス人女性の機嫌も徐々にではあるが、修復してきているように思えたわけである。天空の彼方から、この現象を見て頂ければ、古代ギリシャの哲学者たちも、後世における持論の成立に満足していることだと思う。人間関係の修復と意思の疎通。これは団体行動にとって、非常に良い傾向だと思われた。私はお気に入りの彼女が少し下を向いて、小型のデジカメに保存した画像のチェックをしている隙を狙って話しかけてみることにした。 「お嬢さん、突然の質問、ぶしつけですいません。貴女もこのツアーの参加者でしょうか?」 「ええ、昨夜、フランスからひとりで飛んで参りましたの。この時期は目ぼしい観光地ですと、どこへ行っても、とても冷えるでしょう? 厚手のコートを持ち歩くのも面倒ですし、赤道にほど近いこの国なら、少なくとも、凍える思いだけはしなくて済みますので……」 「お一人で……、本当に? 貴女のような魅力的な方が、恋人や友達を連れ歩かないなんて、まさにアトランティス以来の奇跡ですね。ナンパ目当てに旅行を繰り返す、おバカな男性旅行者たちは、今日この瞬間も、世界各地の名所において、見た目ばかりの美女たちの周りに取りつき、完全に的外れな告白をして、その顔面に強烈な平手打ちを喰らっているわけですからね」 「ひとりでいることについては、別に偶然ではないんです。本当は同じゼミの友人と来る予定でした。でも、出発の前日になって、あちらの叔母の方に不幸があったとかで、私一人だけで来るはめに……」 「そういう事情であれば、この質問は私のでかい態度以上に、貴女に余計な苦痛を与えるものではないでしょうか? しかし、もし、差支えなければ、もう少しだけ、一緒にお話ししませんか?」 「ええ、いいですわ。実は私としては、一人旅行でもまったく構いませんの。気を使うのが苦手なので……。それに、親族の不幸っていったって、所詮は友人のことですし、こちらが気に掛けることではないと思います。向こうの事情も知らずに勝手な同情なんてしたら、余計に失礼にあたると思います」  彼女は薄笑いを浮かべていた。少し寂しげなその表情は、私との会話への興味を徐々に無くしていっているようにも見えた。祖国や年齢に大きな開きがあったとしても、たとえ、性格に一致を見なくとも、対話の中のたった一つの気の利いた言い回しや、それに基づく信頼のおける行動によって、一気に距離を詰めたカップルが多く存在することを私は知っている。よって、敗色濃厚に思えるこの段階でも、攻めの姿勢を崩すわけにはいかなかった。しかし、どうやら、タイ人の親子の騒乱が完全に止んだようで、その間、溜まりに溜まっていた、案内スタッフの長大な説明が再び始まった。かなりの時間、方向を見失っていた我が部隊は、再びそれぞれの目的に向けて歩み出した。 「南米の密林地帯では、ほんの十数メートル四方の土地に、数千種類もの植物が生育していることもあります。また、地球上において、まだ発見されていない動植物のおよそ八割は、この南米大陸に埋もれていると、生物学研究者の間においては、そういう見積りもあるわけです」  我々を先導しているガイドの口ぶりや態度には、決して嫌味はないのだが、彼は凡人だと言い切れる。自国における最大の観光スポットを紹介するにあたり、当然ながら、お客様からの最大限の驚きと喜びの反応を期待しつつ、この世界遺産の中でも目玉となるスポットを、少し得意げな態度でそのように紹介してみせたわけである。しかし、彼の態度のどこが悪かったのか、聴衆からの反応はどれも今一つといったところであった。少し前を行く、アメリカ人夫妻と例の見目麗しい学生さんが、相槌すら打つことなく、ほぼ無反応なままだったので、できれば主催をフォローしてやりたいと思いつつも、自分だけが浮かれた姿を晒すのもどうかと思い、こちらとしても感情を表に出すことを差し控えることにした。 「あら、そのくらいなら良く知っております。なぜって、昨年の六月頃でしたっけ? 夫婦でアマゾン流域の探索ツアーに参加致しまして、もちろん、向こうのスタッフとしても、高貴な家柄の参加という身に余る光栄に、いたく恐縮したのでしょうけれど、それはもう、嫌というほど、そういった退屈なご説明を聞かされましたから……」 「ああ、そうだったな……。ってことは、あれからすでに一年半も経つわけか……。過ぎてしまったあの情景や出来事も、まだ、二、三日前のことに思えるがね。人生ってのは、本当にあっという間なんだね。来年はスペインのバルセロナ、再来年の行き先は、ペルーのマチュピチュだったかな? 世界有数の観光地たちが、この記憶にとどまることなく、どんどんと目の前を過ぎていくよ。長期旅行そのものは楽しくて仕方がないが、一つ経験を踏むたびに、否応なく、また一つ歳を重ねてしまう……。どんどんと天界に近づいていくわけだね。まったく、まだ死にたくはないというのにな! 何しろ、銀行口座には手も触れていない、ピカピカの紙幣があり余っているわけだから……」 「そうね、でも、豊かな国に生まれた私たちはまだ幸せ者なのよ。アジアの後進国の方々は、汚い工場の内部で、一日のほとんどを厳しい労働に費やすらしいの。信じがたい話ですけれど、彼らは貴重な休憩時間すら呼吸も苦しくなるほどの狭い小屋に詰め込まれるのですけど、労働こそが最大の幸福だと信じ込んでいるらしく、賃金のほとんどは家賃と食費に消えてしまい、ろくに贅沢も体験しないまま、この貴重な一生を終えるらしいですから……」  おしゃべりなアメリカ人夫妻は、そこで一端会話を区切ると、タイ人親子と私の顔とを交互に見比べながら、「ああ、これはほとんど同じ人種なんだな」と、嘲笑いを浮かべていた。タイ人親子は片言の英語しか話せないらしく、自分に毒が向けられていることが理解できても、その半分くらいの単語は聞き取れていないために、どんなに手厳しい罵声を浴びせられても、始終ニコニコとしているのだった。ばつの悪い気分にさせられた私の方としては、今の人種差別的発言に対しては、もはや、聴こえていないフリをするしかなかった。フランスの彼女は、アメリカ夫妻の思い上がった発言や態度について、決していい顔をしなかったが、さりとて、自らが反論を繰り出して、たしなめる勇気もないようである。彼女はこのグループが目的を果たせないまま、早々に空中分解するのではと、心配そうな表情で、我々の様子を伺っていた。そのとき、ちょうど休憩所と時計台の前にある分岐点に差し掛かり、他のツアーのグループ数人とすれ違うことになった。そちらの係員は若い女性で、左手を大きく掲げ、それをせわしなく左右に動かしながら、次の区画の説明か、それとも、この植物園の成り立ちを説明しているのかはわからないが、社交的な雰囲気を存分に醸していた。こういう場面において、自分たちを率いるガイドの方が、他よりみすぼらしく見えてしまうことが多いのは、気のせいだろうか?
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