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トラベルは冒険心と共に 第二話
広大な植物園の内部において、唯一、湖に沿って進むことができる水生植物のエリアでは、南米から寄せられた、多種多様な草花や昆虫、そして、多くの魚類が生息していた。美しい蝶がまるで舞い躍るように、つがいで飛んでいる姿を見て、我々「善良なる」参加者としては、無理にでも作り笑いを浮かべたり、係員の説明に対して大袈裟に反応を示したり、分かりやすい歓声を上げたりしていたわけだが、それでも、五歩か六歩ほど前を行くアメリカ人夫妻は、白人系民族の優位性をあくまでも誇示したいらしく、誰からも賛同を得られそうな話題がその場に生まれたとしても、頑なに、こちらの会話の輪に加わろうとしないのだった。
旅先において、異なる人種でグループを組んだ場合、たとえ、対立関係にある国家同士ではなくとも、このような居心地の悪い空気が生まれ易くなってしまうのは、ある程度仕方のないことである。「旅先では日常を忘れ、なるべく良い気分の中で過ごしたい」という最低限の前提はあっても、言葉や文化や習慣の違いとは、少々のことで乗り越えられるような軽いものではない。最初はどんなに見苦しいいがみ合いで始まっても、最終的には笑顔と握手で解決しよう、などという神学者たちが思い描きそうな理想は叶わなくとも、せっかくの旅先での意図せぬ出会いであるから、できることならば、無難な形で終わりたいと願うのは、常識人としては当然のことであった。今現在の凍りついた心を溶かしてしまうほどの自然エネルギーを、グループ全員が待ち望んでいた。
自分たちの力では、どうにもならない難題に直面したとき、救世主(メシア)というのは、まさに、こういうときにこそ現れるものである。濃緑の草木が生い茂る、そのほんの少しの間から、我々が今まさに歩んでいる狭い通り道に向けて、突然、小柄な動物の影が飛び出した。見慣れない姿であり、瞬時にはそれが何であるか判別できない。私は一見して、他の観光客の手持ち籠から逃げ出してきた飼い猫ではないかと勘ぐってしまった。しかし、その素早い動きに両目の焦点を合わせてみると、小さな身体に見合わぬほどの大粒の木の実を小脇に抱えた野生のリスだった。
「あら、かわいい!」
フランスから来た彼女はその愛らしい小動物を、かなりオーバーな反応で指さした。そして、皆の目が、そちら側に向くようにと、わざと大袈裟に喜んでみせた。あのタイの親子に対して、真っ先にリスの訪問を知らせるための合図だと理解することができたのは、少しの時が経過してからのことである。その優しく健気な行為の効果は非常に大きかった。次の瞬間、皆の目が一様に子リスの方に向いた。タイの子供さんは、すぐさま満面の笑みに変わり、リスの後を元気よく追いかけていった。小柄な訪問者は、どうやら、この辺りを生活圏にしているらしく、他の観光客に数歩程度まで寄られても、それほどの驚きは見せなかった。この乱入者になぜそこまで驚かされたかといえば、ここは世界最大級の植物園であるが、決して動物園ではない、という先入観があったためだ。観光客へのサービスのためなのか、その小柄なリスは戸惑いも見せずに、幅広い道の一番端で立ち止まり、自分で採ってきた木の実を、その場で勢いよくかじり始めた。タイ出身の子供はその真横に座り込み、堅そうな木の実を自慢の八重歯を用いて、凄い速さで削っていく小動物の様子を、興味深そうに眺めていた。そんな我が子を目を細めて見つめる母親。この現象をまるで奇跡的な現象のひとつであるかのように巧妙な語り口で解説していく案内役、時間を持て余したようにその事象を眺めるアメリカ人夫妻。だが、先ほどまでの毒々しい表情はいつしか消えていた。自分たちにも数年ほど前までは、学業を終えてその手を離れていった息子が存在していたことを思い出したのかもしれない。そんな想像をしながら、私はフランス美女の満足そうな横顔ばかりを見ていた。
「きっと、初めての海外旅行なんでしょうね? 見ていて、とても微笑ましいわ」
フランス美女はタイ人の母親にそっと歩み寄り、できる限りのねぎらいの言葉をかけた。その突然の配慮には、これまでの白人一同の無礼な振る舞いを、少しでも忘れさせようとする意図があるものと思われた。しかし、視線もろくに合わせようとはしない、そのつれない態度から、これ以上の深い結びつきを求めるつもりは、まったくないらしかった。
「いえ、夫がこの国の企業で翻訳者として働いているんです。ここに居ついて、もう七年になります。この植物園にもよく足を運ぶのです。散歩を兼ねていますので。ここは空気が澄んでいますし、何度来てもいいところですね」
他の参加者から初めて声をかけられたことがよほど嬉しかったのか、母親は声のトーンを少しばかり上げて、張り切った様子でそう答えた。
「あらそう、けっこう成功していらっしゃるのね。でも、よく分かりますわ。お国では、どんなに有意義なお仕事を見つけても、三度の食事代以上のお給料にはなりませんものね」
期待外れの答えに、場の空気は再び澱みつつあった。それを何とか打ち消そうと、係員は一行が待ち望んでいた区画に、もう少しのところで到着しつつあることを高らかに告げた。
「皆さん、お待たせしました! ここからが本日のメインイベントになります!」
一同は突然張り上げられたその声に応じて、期待に胸を膨らませた。
「メインイベントとは大きく出たね。この遠大な植物園の内部を隅々まで把握できた学者は各国の研究機関にも、数えるほどしか存在しないといわれている。それほど膨大な量の植物を日々相手にしている君がそこまで言うのだから、その言葉に偽りはあるまい。ここは大いに期待しても、損にはならないはずだ」
地元出身と思われる、その係員の男性は皆の興味深げな反応と視線に対して、すっかり満足した様子であった。
「残念ながら、私が皆さんのお相手をできる持ち時間は、あと一時間ほどになります。そうしますと、この広大な植物園のすべてを逐一紹介していくことは困難です。しかし、皆さんには事前に、どの区画に行き、どのような種の植物を中心に見ていきたいのか、アンケートを書いて頂き、その結果として、何人かの方から『ぜひ、珍しい食虫植物を見てみたい』とのリクエストがありました。ですから、本日のメインイベントとして、そちらの方にご招待したいと思います」
「それは楽しみですわ。食虫の生物といえば、南米の旅行中にも、似たような品種をいくらか見られたのですけれど、その間合いにうかうかと寄ってきた小型の蠅や蛾を葉の上にある罠にかかるまで、ひたすらに待ち続ける程度のモノしかいませんでした。ですから、多少期待外れの感はあったのです。今回は身の毛もよだつほどの恐怖が沸き起こるほどのモノが見られることを、すごく期待しています」
「ご安心ください。本日はアフリカ大陸からマダガスカル島の森林までの広大な地域に生息する珍妙な種類ばかりをお目にかけます。胡蝶蘭や山百合や真っ赤なバラなど、美しいだけのお花などをすでに見飽きている方々でも、必ずやお楽しみ頂けると思います」
「私もこれをリクエストしたんです! 今日は楽しみにして来ました!」
フランスのお嬢さんは、ここぞとばかりに右手を高く上げて、少しお茶目にそう宣言してみせることで、みんなを笑わせた。私もその会話の流れに加わることにした。
「一応、我が日本にも数十種類ほどの亜種が生息しているはずです。もちろん、色や大きさについていえば、それほど珍しい種類はおりませんが……。薄い粘液を分泌して、本当に小さな虫だけを捕獲する程度のモノです。食虫植物としては、ごくごくありふれた種ですよね」
私が重い口を開いてようやく放ったその台詞に対して、アメリカ人の男性はようやくその表情を緩めて、おもむろに近づいてきた。そして、今日初めて砕けた様子を見せて話しかけてきた。アメリカ人夫妻による、先ほどからの失礼な物言いに対して、ある程度の不満を感じながらも、一切の反論をせずに、謝罪も要求していないこちらの態度に対して、いくらかは感心したのかもしれない。
「ほう、実は日本の自然にも興味を持っていたのですよ。四国の奥深い山林には、人知れぬ渓谷や隠れ里があると聞いています。欧米諸国にとって、日本はまだまだ不思議と未知の魅力にあふれた国です。旅行会社のスタッフの説明によると、住む人は皆礼儀正しく、安全重視でツアーが運行されるとか、旅館やホテルは控えめな値段のわりに、まったく外れがなく、職員の応対のレベルが非常に高いとも聞きます。来年の夏頃、もし、スケジュールが合えば、貴国にお邪魔するかもしれませんね」
「京都にある多くの仏閣や全国各地にある温泉施設も外国の方には非常に人気がありますよ。そのくらい有名な観光地でも良いのでしたら、私にも案内できるのですが……」
そのやり取りをきっかけにして、しばらくの間、我々の歩みを取り囲む、多種多様な植物を眺めながら、アメリカ人夫妻との中身の濃い対話が続いた。私がかの大国の文化やスポーツなどに関する質問を興味の赴くまま、矢継ぎ早に繰り出していくと、彼らの機嫌もみるみるうちに改善していった。おそらく、向こう側としても、同じようなことを考えていたのだろう。他の人種に対して偏見を抱きがちな北米の人々が、ここまで我が国の文化や自然に興味を持ってくれている、とは思ってもいなかったのだ。他人を外観で判断することは容易であるが、その心中とは、きわめて見えにくいものだと、改めて思い知らされた。初対面の際のまずいやり取りが、否応なく誤解の連鎖を生んでいってしまい、その後の人間関係を破壊してしまい、その人の人生にとって、いかにマイナス要素に変換されていくのかを思い知らされた。たった、二十分ほどの間に、同じグループの六人すべてが対話に参加できるまでに雰囲気は改善していった。すでに、この場には敵と味方(ホームandアウェイ)という空気は、まったく存在していないも同じだった。まるで、彼らと握手しているかのような、温かい気分にさえなれたのだ。時計の針は昼に近づき、まばゆい陽光が絶え間なく降り注ぎ、朝という表現をすでに離れつつあった。
食虫エリアに向かう途中の広場の芝生の上を使用して、地元の団体が太極拳の講習を受けていた。私は偶然にも隣りを歩いていたフランス人女性に目を留めると、そっと話しかけた。
「ヨガや健康体操とも違うのですが、実にゆっくりと自然に身体を動かしていくでしょう? あれが何をやっているか、お分かりになりますか? 実は体操の一種ではなく、武術なんです。正確には二十四式というのですが」
「ええ、ハイスクールに通っていた頃、授業で教わりました。それに……」
彼女はそこで少しうつむき、こらえきれずに笑い出した。その会話の合間に、別グループの団体と思われる数名の観光客が、目当ての区画に向けて、ガイドを片手にいそいそと通り過ぎていった。彼女は少し申し訳なさそうに、私のでっぷりとしたお腹を指さした。その目は背けたままだった。
「あなたも、恋人をお求めになるのなら、もう少し、ああいった運動を日常的になされた方がいいと思いますわ」
一向はやがて、世界各地から選び抜かれた、珍しい食虫植物が多く集められた秘境に辿り着いた。参加者の意図せぬ驚きや推測や先入観が働いてしまわぬうちに、係員は迅速なる説明を始めた。こういった珍種が地球上に、いつどのように生まれ、どういった進化の過程を経て、現代にまで生き伸びているのか。あるいは、どういった冒険者たちの手で、どういった技術や手法を用いて、この園内に大量の種が集められてきたのか、などなど……。皆、ひと言も聞き逃すまいと、真剣そうな表情でそれを聴いていた。長いこと地元に住むというタイのお母さんは植物の生態よりも、我が息子が何か妙なものに心惹かれて、再びそのテンションを上げてしまわないか、他の参加者にこれ以上の迷惑をかけないか、それだけに心を奪われている様子であった。ひとり、フランスの美女だけが、入り口で無料配布されていた薄いガイドブックを、気になる頁の隅に折り目をつけながら、繰り返し眺めたり、携帯電話に新たな着信がないかどうかを確認したり、靴の紐を結び直してみたり、時間を持て余している様子であった。私はそっと彼女の横に並びかけた。
「貴女の機転によって、崩れかけた外交問題の方も、どうやら改善されて、良い方向へと進みつつあるようですね。自分とは無縁の人たちを救おうというのは、真に徳の高い人だけがやることです。どうです、そうではないですか?」
「さあ、海外旅行においては、何かを得ることより、何も失わずに済む方策を考えながら行動するのが適切だとは思いますけれど」
彼女は先程の細やかな対応は、さも当然であったとでも言わんばかりに、得意げな顔をして見せた。ただ、その表情に暖かみは余り感じなかった。暇に任せてこのツアーに参加してきたはずの、この子の興味は、たった1%たりとも、私の方には向いていないように思えた。私は彼女の知的な発言や行動について、最大限の評価をしていた。もちろん、その外見も好みの範疇であった。ただ、こちらの常識で語らせてもらえれば、家柄の良い美女というものは、純情でありながらも、無知で無垢で金銭の価値に無頓着であることの方がより望ましい。その場の空気を自分で支配してしまうほどの高い知性の持ち主というのは、大多数の男性にとっては、マイナスにしかならないものだ……。それでは、私の計画プランとて思い通りにはならないではないか。こちらの願望のゴール地点、つまり、最後の酒場に立ち寄るときまで、君は何も考えていないくらいで良いのだ。そう、鞄にしまって、どこにでも持ち運べるような、大人しいフランス人形のようであったなら、もっと素晴らしいのだが……。
我々のグループ一同の隊列は、次第にうっそうとした木立の中に包み込まれていく。見れば、どの樹木も色とりどりの花を付けており、綺麗に並べられて配置されている。係員に説明されなければ、これらのすべてが食虫植物の一種などとは、気づくはずもなかったはずだ。これだけ艶やかな外観にも関わらず、虫たちはほんの少しもそれを怪しまず、まんまと騙されてしまう。しめしめ花粉を頂こうと、その危険な間合いにまで寄り、すぐさま捕らえられてしまうわけだから、この仕組みには隔世の感もある。大きな口を開けたウツボカズラの姿を見て、誰かが感嘆の声をあげた。少し休んだために元気を取り戻したタイの子供は、再び元気を取り戻したのか、柵に沿って勇ましく走り回っている。その行動について問いただしたり、文句をつけたりする人間がいなくなるほど、我々のグループの雰囲気は改善していた。ただ、狭い空間に密集している高い木立により、太陽からの光がほとんど遮られてしまい、デジカメやビデオカメラの使用については、ほぼ不可能になったことだけが、皆を残念がらせていた。
「お嬢さん、この植物園ではその昔、といっても、六十年代の話なんですが、見合い結婚の舞台や男女の逢引きの場所としても広く有名だったそうですね。そのことはご存知でしたか?」
「いえ、そんなこと知りませんでしたわ。ガイドやHPに載っていませんし、そもそも、フランスのカップルなら、どんな場所でも、平気でkissくらいしますもの」
「もし、よろしかったら、この見学が終わった後、一緒にお茶でもどうでしょう? 話題の五十階建てのホテルの内部に、オシャレな喫茶店がいくつかあるんですよ。ご希望なら、こちらでご案内しますが」
それを言うが早いか、彼女の顔がさっと蒼ざめ、「やっぱり、来たか」という曇り顔に変わっていた。美女としてこの世に生まれた人間の宿命は、どのように恋を成就させるか、ということよりも、むしろ、自分に寄ってくる魅力に乏しいハエたちの群れを、どのようにして追い払うべきか、に最大限の気を払わねばならないことにある。逆にいうと、多くの魅力ある男性たちが、自分に惹かれ、甘い声で言い寄ってくる分には、人によっては良い気分に浸れるものらしい。ただ、その反面、際限のないリスクや煩わしさに悩まされることにもなる。
「いえっ、あの……、こ、今回については、お断りしておきますわ……。お茶を飲むくらいなら、私一人でもできますし、元々、ひとりでいるのが好きなんです……。それに、人気のある店って、色んなガイドブックの先頭に掲載されていますから、すでに行ったような気にもなっているんです。その紅茶やお菓子の味だって、きっと想像通りなんでしょうね」
「そうですか……。運命のお導きにより生まれた、せっかくの出会いを、ここだけで終わらせてしまうのもどうかと思ったのですが……。ほら、英国やインドでは厳しい身分制度により、結婚相手はほとんど家柄で決まるものではないですか。しかし、私としては……」
「フランスでも第一は家柄ですわ。あ、あと、才能も重要ね」
「今日、何か大きな出会いが生まれるような直感は働きませんか? もし、何も感じていないのなら、貴女の直感の方は相当に鈍いと申し上げねばなりません。運命の足音は、すぐ近くまで来ているのかもしれませんからね……」
「それで、そちらのご希望のものは、すべて見れましたの? 入場してから、すでに、三時間近くが経過しましたわ。この見学コースはそろそろ終わるようですけれど……」
私からのそれ以上の誘いをぴしゃりと遮るかのように、彼女は冷たくそう言い放った。その興味は多くの参加者からの厳しい質問に懸命に答えようとする係員の方へと向いていた。しかし、さすがは彼の博識ぶり。グループ外の人間までもが、この場に足を止めて、熱意あふれる食虫植物の生態の解説、それは、進化の過程から生育方法にまで及んでいたわけだが、に耳を傾けていた。
「そういえば、私が見学を希望していた植物については、まだ見えませんね。記憶も薄れていますが、もう少し、奥だったかもしれません。この時間はすっかり気を抜いて休んでいるのかもしれません。何しろ、あまり光を好まない珍種ですからね」
「今立っているここだって、相当に暗いですわ。フラッシュを焚いても、ぶれるくらいですもの……」
「この陰りに入ってしまえば、人間の目だって、F8の望遠レンズと同じ程度にしか働きません。こんなに暗かったら、実際には、それがすぐ傍に潜んでいても……、もし、何かに気を取られていたら、目に映らないことだってあるのでしょうね」
彼女は明らかに聴こえないフリをしていた。「そろそろ、小煩い貴方のお相手するのは疲れましたよ」と表明しているかのようであった。
「そういえば、先ほど、野生のリスがいましたよね。それは覚えていますよね?」
「ええ、とても可愛らしかったわ。でも、リスって普通の家庭では飼えないんですよね。人間には絶対になつかないんですって。家に連れて帰って、ふかふかのソファーの上で走り回っていたりしたら、さぞかし可愛いでしょうに……」
「この植物園には、他にイグアナやニワトリやカワウソもいるそうですね」
「ええ、それも知っています。ガイドブックやホームページにも載っている情報ですからね」
「ところで、ねえ、イグアナという生物を実際に見たことはありますか?」
彼女はその言葉に対しては、いち早く反応して、こちらに鋭い視線を向けた。どうやら、私が通常とはいえない、おかしな質問をしているように思えたらしい。
「イグアナですって? ついさっき見たじゃないですか。ほら、太極拳の話をしているところで……。道端で目をつぶって気持ちよさそうにひなたぼっこをしていましたわ。大きな身体をぼってりと横たえて……。あなた、あれを見ていなかったんですの?」
「ええ、私は貴女のことを見ていたもので……」
彼女は冷や汗をかいているのかもしれないが、無理にでも笑っている。話し相手が自分よりも、かなりの年配だという、この一点のみに気づかって対応しているように見えた。それは「この死ぬほど退屈な会話を、いったい、どうやったら打ち切ってやれるんだろう?」とでも考えているような表情だった。他人の内心を読むことには自信がある。おそらく、的は外していないはずだ。
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