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私は迷っていた。今後、どうやって生きようかと。別に生活が貧しいわけでも、楽しいことがあるわけでもない。このまま、普通に過ごして生きていくのかということ。そんなことを考えるのは疲れているのかな。ちょっと、どこかに寄ろうかな。ふと思いたって、とぼとぼと歩いた。
足を止めたのは、喫茶店の前だった。看板には『湊喫茶』の文字があった。私は興味深々に外の窓ガラスから中を覗いてみた。人は疎らだった。ふと、誰かがこっちに向かって歩いてきた。と思ったら、扉が開いた。
「どうぞ。いらっしゃいませ」
男の人が私に優しい笑顔を振り撒いて、会釈をした。私は戸惑って口がぽかんと開いた。
「あ、えっと」
入るつもりじゃないのに、覗きに来られたらそうなるのは当たり前だよね。どうしようかな。
「入らないのかな?」
男の人は私の様子を見て問い掛けた。入りませんなんて言えない。言い訳を考えてる間に男の人は扉を思いっきり開けて外に出た。何をされるのかと思っていると、不意に背中を押された。
「何、するんですか」
「いいから、いいから。入ってゆっくりしてってよ」
男の人が私に言うと、そのまま席に連れていかれた。ここまで来たら、引き下がれないな。
「オーナー、何してるんですか! はあ、また軟派ですか?」
突然、奥から女の人が出てきた。ど、どうしよう。女の人は一度私を見ると、溜め息を吐いた。私が悪いのかな。それよりも軟派って……。
「違う違う。この子が入りたそうにしているから、案内しただけだよ。違うから!」
「そうですか。仕事して下さいよ」
言葉を残して、女の人は去っていた。男の人は苦笑いすると、私の方を見た。私は既に席に座っているのに、男の人は立ち去ろうとしない。入ってそうそうだけど、帰ったほうがいいのかな……。
「さっきはごめんね。それで、」
「あの、私、帰ります。ごめんなさい」
私は立ち上がって深く頭を下げ、喫茶店を飛び出すように出た。後ろを振り返ると、男の人が手を振って「またね」の合図をしているようだった。
どっと疲れが増えたような気がしたけど、心はなんだか暖かった。また行こうかな。そう思えたのは疲れ切った心に優しさを感じたからだと思う。私はそのまま家に向かって歩いた。
彼と出会ったのがこの日が初めてだった。
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