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CROSS RORD
あやと「生きる」ことを約束した彰人はただ穏やかな日々を過ごしていた。
それから彰人の目に写るものは何故か少しだけ以前よりは綺麗なものに感じられた。
朝、車で通勤する時の見慣れた景色も日々刻々と変わっていく季節の変化も愛しく感じられ帰宅する時に必ず見る野良猫の仕草でさえも愛しかった。
自分にあとどれだけの時間が残されているのかは分からないが今を精一杯生きて見よう。そう思った。
やがて冬になり木枯らしが吹き始める季節になった。時折吹く風はひんやりと冷たく長い長い冬の訪れを知らせていた。
寒さが身に染みるようになりスーツの上にコートを着込んで通勤していた。
会社の業績は日々悪化していて希望退職者を募るようになっていた。
彰人はもしリストラされたら故郷に帰ろう。そう思っていた。
職場の雰囲気も少しピリピリしていて居心地の良いものではなかった。
彰人は時折故郷ののどかな景色を懐かしく感じていた。
今度、帰ったら両親をささやかな旅行に連れて行こう。そんなことを考えていた。
「生きる」ことを約束しても日常は変わることはなく彰人を取り巻く現実は厳しいものだった。
ボーナスが出て家賃の滞納こそなくなったが同時に彰人には何も残って居なかった。
この街で過ごした10年で彰人が得たものはほぼ皆無と言っても良かった。
そうぼんやりと思っていた時だった。
携帯電話に着信があり、画面を見ると「あや」と表示されていた。彰人は電話を取った。
「もしもし、あやさん?」
「こんばんは。あやです」
「もし良かったら今度の日曜日会えませんか?」
「うん。良いですよ」
「それじゃ、日曜日の18時にいつもの場所で待ってますね、、」
「それと、、そろそろ敬語は辞めませんか?」
「あ、、そうだね、、」
「何て呼んだらいい?」
「あやで良いですよ」
「うーん。でもやっぱりあやさんって呼ぶよ」
「それじゃ私も彰人さんって呼ぶね」
久しぶりにあやの声は弾んでいた。
彰人も嬉しかった。
そんなあやの声を聞くのがただ愛しく感じられた。
「それじゃ、日曜日。おやすみ」
「おやすみなさい」
電話を切って彰人は部屋の天井を見つめていた。あやに会えるだけで彰人は幸せだった。
日曜日の夕方。彰人はあやを迎えに行った。
その日は今年初めての雪が降っていた。
いつもより少しだけおしゃれをした彰人は伸びていた髪を切った。部屋の鍵を閉めてあやの住む街へ向かった。
時間より少し前に到着して暗くなってゆく公園の側道にウィンカーを出して車を停めた。
あやは笑顔で駆け寄って来て助手席に乗り込んだ。
少しだけドレスアップしていて透き通るような肌はうっすらと化粧が施されていて美しい横顔はいつもより華やかに見えた。
彰人も笑顔を見せると予約していたイタリアンレストランに向かって車を走らせた。
窓の外は粉雪が舞っていてすれ違う車のライトの光だけが眩しく見えた。あやの方を見るとただ黙って窓の外を見つめていた。
楽しい時間が流れたー
あやは笑っていて子供の頃の話や好きなものの話、そして今日あったことなどを取り止めなく話した。
彰人も久しぶりに笑っていた。
彰人にはこの瞬間がとても大切なものに思えた。
もう二度とあやに会うことはない、、
そのことが切なくかけがえのないことのように感じられた。
例えどんな出会いでも二度と戻れないこの瞬間を大切に思った。
食事を終えると彰人は街で一番高い山へ向かった。夜景が綺麗な場所で街が一望できる場所だった。
展望台に着いて車を降りた。
人影はなく目の前に広がる夜景はキラキラと星のように輝き微かな光を放っていた。
あやはただ黙って雪が舞うこの街の夜景を見つめていた。
とても優しい眼差しでこの街の景色を目に焼き付けているようでもあった。
彰人もただ黙って夜景を見つめた。
「綺麗だね、、」
「うん」
「彰人さんの故郷ってどっちの方角?」
「こっちかな、、あやさんは?」
「たぶんこっち、、だけどここからずっとずっと遠い場所」
「あやさんの故郷ってどんな所?」彰人はあやに聞いた。
「海沿いの街。空が青くて綺麗で白い砂浜と綺麗な蒼い海が広がっていて人の温もりが感じられる街、、」
「何もない所だったけど幸せだった、、」
「その頃はまだ家族みんな元気でおじいちゃんやおばあちゃんに両親、そして弟。みんな優しかった、、」
「この街に来てから何か大切なものを失いかけてた気がする、、」あやは取り止めもなく話した。彰人はただ黙って聞いていた。
「あのね。私ずっと気になってたんだ」
「彰人さん。あの日どうして騙してること知ってて私に優しくしてくれたの?」
あやは彰人に聞いた。
「似てたんだ、、」
「似てたんだ、、亡くなった恋人に、、」
「だから、守りたかった、、」
「その人を守ってやることが出来なかった、、」
「だからあやさんを大切にしたかった」
「その人はある日突然自ら命を絶った」
「僕はその人を守ってあげられなかった、、」
彰人の瞳に涙が滲んでいた。
「だから、あやさんが僕に生きて欲しいって励ましてくれた時嬉しかった、、だから今度は僕があやさんを守らなきゃって思ったんだ」
「彰人さん、、」
あやは彰人を見つめた。
「彰人さん。私、故郷に帰ろうと思う」
「嬉しかった、、」
「優しくしてくれて、、嬉しかった、、」
「出会ってくれてありがとう」
「幸せだったよ」
あやはただ黙って目の前に広がる光のパノラマを見ていた。雪は音もなく降り続き、静かに降り積もって行ったー
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