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モカから送られてきた動画データを取り込むのは俺のポンコツパソコンにはいささかハードルが高いらしく、お願いをしてモカ側である程度分割した状態で送ってもらうことになった。
早速、編集を開始する。
自分の動画じゃないから、緊張する。
まずは全体を作業画面に貼り付け、再生しながら不要な箇所はカット。だけど、オープニング挨拶をしていたらスタッフの大家さん登場のくだりは逆に採用した。あとで顔と銀閣寺荘の看板にモザイクを入れておく。
そのあとは、モカの後ろ姿がひたすら続く。顔出しはしない主義のようだから、こちらを向いてしまっている部分もカットし、音声だけ別のシーンに丁寧に繋ぎ合わせていく。
数時間にわたる撮影内容のうち、南禅寺到着までの部分が出来上がった。
ここまでで、動画としては三分ほど。それを作るのに、元動画一本分以上の時間を消費している。このあと、南禅寺のくだりだ。もう寝てもいい時間だが、このまま続ける。
「むかし、学生時代に来たんですけどね。それ以来です」
編集画面のモカはそう言って周囲を見渡す。南禅寺そのものについての紹介がなかったから、公式サイトなどを参考にしてその縁起も注釈として入れておく。
——京都市左京区に位置する臨済宗南禅寺派総本山。その歴史は七百年を超え——
モカの動画は京都の紹介動画だから、京都に行きたいけれど行けてない、というような人にも喜ばれるだろう。そのつもりで、編集をしてゆく。
「あれが、有名な三門ですね」
さんもん、と言うが南禅寺では三門と表記する。ちゃんと、「三門(重要文化財)」とテロップを入れておく。
その急な階段を登り、上からの見晴らしに歓声をあげるモカ。これだけで動画の主題になりそうだ。あっちこっちを見回し、いちいちはしゃぐ様はきっと視聴者の共感を促すだろう。
境内は広く、散策するだけでも季節を感じられる。三門のほかにも勅使門というのも重要文化財で、方丈は国宝に指定されている。
初夏の陽が、モカを見守るように青いモミジの葉越しに差している。
モカのパンプスが砂利を踏む音もちゃんと届けられるよう、もともとの音声データに含まれているホワイトノイズ(サーという音)を除去し、コンプレッサーを掛ける。
音声なんていじったことはないけれど、ネットで調べながらどうにか取り組んだ。音声エフェクトを掛けるとデータが重くなるのか、パソコンが瀕死になる。二秒に一回保存をしながら、頑張れ、頑張れと心の中で呟く。
敷地内を一周し、東端の疏水の煉瓦橋へ。京都を題材にしたテレビドラマなんかでしょっちゅう映るスポットだ。
見どころだけをピックアップするのではなく、境内を散策しているシーンも退屈にならない程度に少しずつ挟んでおいた。そうすることで境内の広さや位置関係が立体的になるだろう。本堂ひとつ取っても、それが主人公になっているカットと別に、その屋根の瓦の織りなす美しい曲線なんかは引いて背景に映り込んでいるときの方がよく映えるし、建物が後ろにあると草木の緑と漆喰の白がいいコントラストになったりもする。
「見て見て、火サス」
とカメラに向かって手を振るモカ。このシーンだけはどうしても使いたかったから、モカの顔にボカシを入れておいた。
ポーズと手の振り方がちょっとあざといかな、と思い、テロップで、
「※追い詰められた犯人。」
と入れて和らげる。
自虐というのはたいへん面白いものだ。俺の動画も変に突っ張らず、自虐とユーモアを交えながら撮影編集していれば違ったかもしれない、と思ったが、今さらまた極貧イタ男の日常を紹介しようとは思わないから、目の前の作業に集中する。
南禅寺のくだりで、およそ十五分。なかなか、いい出来なのではなかろうか。そう自賛してもお咎めはないはずだ。
自分の動画を編集しているときは、分からなかった。
テーマとなるものを、どう見せたいのか。もしかすると、そこに尽きるのかもしれない。この場合、俺は南禅寺というスポットの魅力を、実際に人が感じるものに近いものとしてパッケージングしようとした。単に建物や歴史の紹介ならば、テレビでも度々紹介されている。
むしろ、実際に足を運ばないと分からない空気感や、それを感じている人——この場合はモカ——がどういうリアクションをしているのかというところを抽出した。
さらに、モカという主人公。それだけで、強力なコンテンツとなりうる。編集してみて、そう確信した。喋りは流暢ではないが、楽しい、嬉しい、がよく声に出る。それもしっかりと視聴者に届けることができれば、もっと人が集まってくるはずだ。
モカ自身が主観視点で撮影し、主観的に解説をしていくのではなく、どこかに行って何かを感じているモカを見せることで、視聴者も一緒にそれを体感できる。
これからのモカちゃんねるは、こういう方向性でどうだろうか。
オープニングから南禅寺のくだりで一本の動画ということにした。最終チェックに差し掛かる頃には、もう朝どころか昼を回っている。書き出しには宇宙が一度滅んでまた生まれるくらいの時間がかかるから、その間にと思い、俺はほくそ笑みながら座椅子を枕にごろ寝した。
思ったよりも早く、眠りが迎えにきた。
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