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 あの時どうして圭一は僕がいなくても平気だなんて思えたんだろう。ここに来る圭一はいつも哀しそうで辛そうで、僕のいない世界で苦しんでいたのに。 「お前がいなくなった今……俺には……何もないんだ……っ」 圭一の悲痛な叫びが僕の胸を締め付けた。 誰よりも笑っていて欲しかった人をこんなに傷つけてまで僕は……何のためにここにいるんだろう。全てを白く塗り潰すような雪に圭一の姿が見えなくなってゆく。 僕にはまだ圭一に伝えなきゃいけない事があるんだ。 ゆっくりと圭一のもとへ歩みを進め、奥歯を強く噛み締めた。 「……ゆ……のせ……だよ」 『強い想いは言葉になる』おばぁちゃんの教えに導かれ、大きく息を吸い込んだ。 「雪が白すぎるから何も見えないだけなんだよ」 「理……央……?」 はじかれたように顔を上げ、目を見開く圭一に小さく微笑んだ。 「雪が解けたらきっと圭一の瞳にうつる全てのものは輝いて見えるから……僕は圭一に沢山の景色や楽しさを見て、感じて幸せになって欲しいんだ」 あの時、嫌だとしか言えなかった気持ちを今伝えたい。 自分がいなくなったとしても僕に幸せになって欲しいと圭一が願ったように、僕も同じ気持ちなんだよと。 「理央……理央っ……ここにいる、ずっとお前のそばにいる……だから、どこにも行かないでくれ……っ」 縋るような目で僕を見つめる圭一の涙に濡れる頬に伸ばした手は触れる事すら出来ずに行き場を失くした。 「圭一!」 ぐっと目に力を込めていないと涙があふれてしまいそうで……僕だって圭一とずっと一緒にいたかった。 だけどそれは叶わぬ願いだというように止まっていた時計の歯車は動き出し、意識が少しずつ薄れていくのを感じていた。 圭一にもう二度と会えないのは辛い、だけど……残される方がきっともっとずっと辛い。 「ごめんね圭一、ありがとう」 きっとこれが最後の言葉になる。本当はもっと話したい事もやりたい事もいっぱい、もっといっぱいあったんだ。 だけど僕にはもうそれができない。 「理央!!」 薄れゆく意識が大地にとけ込み無に還るような感覚の中、怖さや寂しさに捕らわれずにいられるのは、泣きながら僕の名前を叫び、消えゆく僕を不安にさせまいと精一杯の笑みを浮かべ見守る圭一の優しさに包まれているから。だから心配しないで。 ごめん、圭一、大好きな人……。  この真っ白な世界が圭一の瞳にうつる時間(とき) 少しだけ僕を思い出してもらいたくなるのはわがままですか?                             Fin
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