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今日も僕はそこにいた。
空はオレンジに染まり、それを引き立たせるかのように街も木々も黒く影を落としている。
黒と橙色にくっきりと分かれた景色を見つめる僕の視界の端にうつる彼の黒いシルエットに気付きゆっくり視線を向けた。
「きれいだな」
ぽつりと呟く初めて聞いたその人の声は少し低く、忘れていた温もりを思い出すような暖かい声だった。
その声で呼ばれればきっと心の中は暖かく幸せな気持ちに包まれそうだ……。
「理央はここが好きだよな」
「ここだけぽっかり空いてて自然のスクリーンみたいでしょ」
優しく微笑み僕の名を呼ぶその人に僕も微笑み返す。
好きな人と好きな場所で見る景色はいつもより輝いて見える。
「なるほど、確かに」
夕日を眺めるその人の横顔を見つめ、そっと伸ばした僕の手がその人の指先に触れた事に気が付くと優しく手を握ってくれた。
「今度本物のスクリーンを見に行こうか」
「え?」
見上げる僕の唇に重なるその人の唇は柔らかく暖かい。
「デートに誘ったつもりなんだけど……わかりにくかった?」
「ううん、嬉しい!」
飛び込むように抱きつき、その人の胸に顔を埋める僕の頭を優しく撫でてくれた……。
なぁんて。夕日っていうのがロマンチックだよなぁ。寄り添う二人を照らす夕日がスポットライトみたいで凄くいい。
得意の妄想で緩んでしまう口元を手で隠し、顔を上げると辺りはすっかり闇に包まれていて、その人の姿はどこにもなかった。
名前、知りたいな。話しかけても迷惑じゃないかな。
「ここの景色って素敵ですよね。あの、僕、山根理央っていうんですけど……」
うん、これくらいなら自然だし迷惑にもならないよね。
過剰な期待をしているわけじゃなし、名前がわかった方が妄想が捗るってだけだもん。
明日、あの人に会えたら声をかけてみよう。密かな決意に期待と不安で胸を高鳴らせながらひとり大きく頷いた。
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