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笹野さんがあの人を少しも怖がらない理由がわかった気がする。毎日この人と対峙していたら、そうそう怖いものなんてなくなりそうだ。むしろこの人に育てられて、血と骨が好きとか毒植物が好きというレベルで済んでいる笹野さんは、とんでもなく善人なのではないだろうか。
会長が母に惹かれた理由も、あの地に足がついていないフラフラしたあの人といると、自分が強くヒーローになった気持ちになれるからなんだろう。母は、中身は執着心の強い毒蛇のようだけど、一見人当たりはいいし。
会長は母の不幸エピソードをすべて信じ込んでしまうほどピュアだからこそ不倫なんかしてしまったんだろうし、笹野さんの善の部分は会長譲りなのかもしれない。笹野さんに言ったら、嫌な顔をされそうだけど。
「今日は言っておきたいことがあって来たの。あなた、夏菜子にコウノトリがBabyを運んでくるのは迷信だと言ったそうね」
夏夜さんは、無駄にいい発音でベイビーと言った。
「そろそろ夏菜子さんも事実を知るほうがいいのではないかと思ったんです」
「夏菜子は、コウノトリが運んで来たの。だから余計なことを教えないでちょうだい」
真顔で言われると、反応に困る。なぜそんなに教えたくないんだろうな。この感じだと、性教育の授業を休ませたのも、この人なんじゃないかと思えてくる。
「……さすがに、コウノトリが運んで来たというのをずっと信じ続けるのは厳しいと思いますが」
「あの子のためなの」
「夏菜子さんのためって、どういうことですか。いつまでも知らずにいる方がいいとは僕には思えないです」
夏夜さんは面倒くさそうに顔を顰めながら息を吐いた。
「私は夏菜子を生んでいないの」
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