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夏夜さんが店を出ていくと、笹野さんが飲みかけのジュースを持って、僕の座るテーブルにやってきた。
「ねえ森緒くん、お母さんと何を話していたの」
困ったな。笹野さんに言えることが何もない。言えないどころか、下手に口を滑らせたら彼女を傷つけることになりかねないときている。
とりあえず、僕は少しも飲んでいなかった為にすっかり薄まってしまったアイスカフェラテを飲んで、しばしの時間稼ぎをすることにした。
笹野さんを傷つけずに済む言い訳を考えないとな。これがなくなるまでに、頭の中を整理するんだ。
僕がノロノロと飲んでいる間、笹野さんは手持ち無沙汰なのか、自分のグラスに刺さったストローで氷を掬おうとしていた。氷の凹みにストローの先を引っ掛け、グラスの壁内を登らせていく。途中までは上手くいくのに、ある程度まで行くと、氷は落下してしまう。
上手くいかないのが腹立たしいのか、躍起になって彼女が何度も氷運びをしているうちに、カフェラテは無くなり、なんとか上手く言い訳できそうな気持ちになった。
「氷にもう少し窪みを作ったらいいんじゃないのかな」
ストローから唇を離しながら言うと、笹野さんは氷運びを途中放棄した。
「別に暇だっただけだからいいの。それよりお母さんと何を話していたの?」
必死になっていたのを誤魔化すように、彼女はグラスの中の氷をストローで掻き混ぜている。
「ああ。節度のある付き合いをしなさいと言われただけだよ」
「本当に? その割にはもっと喋っていた気がするし。なんだか森緒くん、疲れているみたいに見えるんだけど」
そんなの信じられないというように、笹野さんは口をとがらせた。
「たしかに疲れたかもね。ただ、内容については聞かない方がいいと思うけど」
「そんなことを言われたら余計気になっちゃう。もしかして、お母さんに脅されたりした? お母さん、ちょっと怖いところがあるから」
あれがちょっとの域に入るというのは納得がいかないけど、笹野さんの基準ではちょっとの範囲内なんだろう。まあ、とりあえず笹野さんの誘導には成功したようで良かった。
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