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「とりあえず、笹野さんの妄想をなんとかしよう」
いつもの公園のベンチ。隣に座った笹野さんが、ブルブルと小刻みに身体を震わせている。
「寒いよね。僕もできたら室内がいいんだけど、僕の家はダメなんだよね?」
「無理!」
歯をカチカチ言わせながら、笹野さんは即座に答えた。
「とは言っても、店内は難しそうだし。さっさとなんとかして帰るしかないね。これで少しの間耐えて」
自分のコートを脱ぎ、笹野さんの寒そうな足に掛けてあげた途端、身を切られるような冷たい風が吹いてきた。身震いするほど寒い。
早速めげそうになったけど、マフラーも外して、笹野さんの首をぐるぐる巻きにした。
二月の公園の寒さは厳し過ぎる。しかも間もなく日暮れときている。コートもマフラーもなしじゃ、はっきり言ってめちゃくちゃ寒い。それでも、笹野さんに風邪を引かせるよりはマシに思える。
「ありがとう。でも、森緒くんが死んじゃいそう」
「これくらいじゃ死なないよ。風邪を引くことはあるかもしれないけど。とりあえず僕は笹野さんで暖を取るから大丈夫」
「私で?」
首を傾げた笹野さんの腰に手を回し、身体が密着するように引き寄せた。キュエっと、変な鳴き声をあげた笹野さんだけど、マフラーを巻きすぎたせいで顔が半分くらい隠れてしまっていて、どんな表情をしているのかあまりわからない。
「嫌だった?」
返事はないけど、笹野さんのおしゃべりな足が喜びだしたところを見ると、大丈夫そうだ。―― と思ったのも束の間、笹野さんの足が急にピタリと止まった。
「どうかした?」
「どうかしたの! どうしよう。また来る! 森緒くんが来ちゃってる! 来ないで森緒くん!」
突然、笹野さんが大きな声で叫んだ。
どうやら笹野さんは僕と触れ合ったり僕のことを考えちゃったりすると、妄想スイッチが入るらしい。
「足だけじゃなくて、脳も正直なんだね。笹野さんは」
「緊急事態なんだから、そんなことを言っていないで早くバスに乗って欲しい」
笹野さんは、早く早くと駄々をこねるように自分の体を揺すっている。
「はいはい。社会見学スタートと。あちらに見えるのは、笹野さんの妄想が作り出した森緒羽風でございまーす」
「社会見学はたとえなの。本当にすぐそこまで来ちゃっているんだからふざけないで」
棒読みで言った僕を、笹野さんが睨んできた。マフラーに隠れてしまっている唇は、きっとムウっと尖っているんだろうなと思うと、見られないのが惜しく感じる。
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