65人が本棚に入れています
本棚に追加
「あっ、もう着いた」
「早いね。さすが脳内妄想だ」
「今ね、そこにいるの」
笹野さんは、僕の皮肉なんて気にもせずに、僕らのすぐ前を指さした。もちろんそこには誰もいない。
「そこに笹野さんと、きなこと、見せたがりの僕がいるわけだ」
「森緒くんには見えないの?」
笹野さんは怪訝そうに眉を顰めて、僕を見てきた。
「見えたら、それかなり問題があるよ。笹野さんの頭の中の公園にいるんだからさ」
「そっか。なんか同じ場所にいると思ったら、頭の中が混乱してきちゃった」
きなこまで連れてこられて、正直僕の方が混乱しているんだけどな。
「それで、今見せたがりの僕は何をしているの?」
「ベルトを外すか迷っているみたい」
「どうして」
「寒いんじゃないかと思うの。だって、こんなところで脱いだら、凍っちゃいそうだし。あとね、きなこも寒そうで縮こまっちゃっているの」
笹野さんの置かれている環境も反映されるらしい。
「じゃあ、もうここに置いて帰ろうよ」
「置き去りにするつもりなの? 森緒くんときなこをこんな寒い公園に?」
そんな非情なことはできないと、笹野さんは謎の優しさを見せた。
「妄想の僕が凍える前に、ここにいる僕が凍えそうなんだけどね」
「でも……」
「わかった。寒さ軽減のために、僕ときなこを合わせちゃったらどうだろう」
「きなこと森緒くんを? 猫と人間なのに?」
「そう。モフモフしていたら、少しは暖かくなれるかと思って」
少しの間、笹野さんは難しそうな顔をして考え込んでいたけど、急に明るい顔になって、交渉してみると頷いた。
見せたがりの僕と頭の中で交渉し始めた笹野さんは、時折頷いたり、頭を左右に振ったりしている。なかなか交渉は難航しているらしい。
まあ、僕には何も見えないんだけど。
最初のコメントを投稿しよう!