森緒くんは困惑している

9/11
前へ
/36ページ
次へ
「あっ、もう着いた」 「早いね。さすが脳内妄想だ」 「今ね、そこにいるの」  笹野さんは、僕の皮肉なんて気にもせずに、僕らのすぐ前を指さした。もちろんそこには誰もいない。 「そこに笹野さんと、きなこと、見せたがりの僕がいるわけだ」 「森緒くんには見えないの?」  笹野さんは怪訝そうに眉を顰めて、僕を見てきた。 「見えたら、それかなり問題があるよ。笹野さんの頭の中の公園にいるんだからさ」 「そっか。なんか同じ場所にいると思ったら、頭の中が混乱してきちゃった」  きなこまで連れてこられて、正直僕の方が混乱しているんだけどな。 「それで、今見せたがりの僕は何をしているの?」 「ベルトを外すか迷っているみたい」 「どうして」 「寒いんじゃないかと思うの。だって、こんなところで脱いだら、凍っちゃいそうだし。あとね、きなこも寒そうで縮こまっちゃっているの」  笹野さんの置かれている環境も反映されるらしい。 「じゃあ、もうここに置いて帰ろうよ」 「置き去りにするつもりなの? 森緒くんときなこをこんな寒い公園に?」  そんな非情なことはできないと、笹野さんは謎の優しさを見せた。 「妄想の僕が凍える前に、ここにいる僕が凍えそうなんだけどね」 「でも……」 「わかった。寒さ軽減のために、僕ときなこを合わせちゃったらどうだろう」 「きなこと森緒くんを? 猫と人間なのに?」 「そう。モフモフしていたら、少しは暖かくなれるかと思って」  少しの間、笹野さんは難しそうな顔をして考え込んでいたけど、急に明るい顔になって、交渉してみると頷いた。  見せたがりの僕と頭の中で交渉し始めた笹野さんは、時折頷いたり、頭を左右に振ったりしている。なかなか交渉は難航しているらしい。    まあ、僕には何も見えないんだけど。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

65人が本棚に入れています
本棚に追加