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しばらく真剣な表情をして黙っていた笹野さんが、「あっ!」と声をあげた。
「どうしたの?」
「猫になった森緒くんが、魚を咥えて逃げて行っちゃったの」
あっちの方と、公園のずっと奥を笹野さんは指さした。日が落ちてしまったせいで、電灯のないところは暗くてよく見えない。
「暗くて探せないね。でも、きっとどこかで強く生きてくれるよ」
「猫ってそういうもの?」
「猫っていうか、僕だしね。 上手いこと暖かくて寝心地のいい場所を与えてくれる飼い主に上手く取り入って、暮らしていくだろうから大丈夫」
「……そうだよね。森緒くんだもん。抜け目なく生きていくよね」
なんとか笹野さんも納得してくれたみたいだ。
「じゃ、今日はもう帰ろうか。社会見学は終了ということで」
「お疲れさまでした。暴走する森緒くんを止めてくれてありがとう」
笹野さんがぺこりと頭を下げた。どちらかというと、暴走していたのは笹野さんなんじゃないだろうかと思ったけど、僕はどういたしましてと言っておくことにした。何はともあれ、笹野さんの妄想が止まって良かった。
「すっかり暗くなっちゃったね。寒いから、駅前のコンビニで何か温かいものを食べてから帰ろうよ。奢るからさ」
立ち上がった僕に、笹野さんはコートとマフラーを返してくれた。コートを着込んだだけで、随分生き返った気分だ。マフラーは、もう一度笹野さんに巻いてあげた。
笹野さんの手を握って、握ったまま僕のコートのポケットに突っ込んだら、彼女はまたギクシャクロボットになってしまったけど、僕は気にせずそのまま歩くことにした。
最近笹野さんに避けられている気がしていたから、少々笹野さん不足だったし。
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