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「だから、ドッキリだよ。僕ら双子は、この数年間一人の人間として、街のみんなを騙していた、ってことにする」
「だ、騙していたって、そんなの許されると―――」
「僕が当主として一人前の男になるまで、待ってもらいたかった。それこそ街の平和のために」
「……」
「優秀な姉さんにはその間、僕の代わりを務めて貰っていた。ただそれだけじゃ面白くない。折角ならみんなをびっくりさせたくて、今まで一人の振りをしていた。どう?」
「ど、どうって言われても、そんなこと誰が信じるのよ」
「何言ってるのさ姉さん」
(何言ってるのは、さっきからずっとこちらの台詞なのだけれど?)
「他でもない、あの、ディオクロス家の言葉だよ? 信じない人間が、この街にいると思う?」
悪い笑みを浮かべた後、ノアはソファーから立ち上がる。
確かにノアの言う通りだ。
この街では、このディオクロイス家が頂点であり、絶対の存在。
ディオクロイス家の人間が、どんな突飛なことを話したとしても、それは微塵も疑われることなく事実となる。
「姉さん。僕はとっても自分勝手で、無責任で、そして恐ろしく怠惰なんだ」
ノアはゆったりとした動作で私との距離を詰めてくる。
「でも、興味があることと、楽しそうだと思ったことには、全力を注ぐんだ」
「……大体、人とはそういうものよ」
また私は自分を正当化する言葉を口にする。
すると、ノアはまた見透かしたように口角を引き上げる。
だが、自分の思考を把握されていることに、今は不思議と不快感はない。
「姉さんには、僕のやる気を引き出してくれる存在になってほしいんだ」
ノアの視線が、一瞬私の手元に落とされる。
美しい微笑みに目が離せない。
そして思う。
やはり、いくら考えてもノアの価値観は狂人のそれだ。
だけど、どうしてか私のことは思いやってくれている。
「だから、僕が困っている時、手を差し伸べてくれると、とても嬉しい」
私がこの場所にいる意味を、明確に指し示そうとしてくれている。
「まずは、明日の舞踏会のために、僕にダンスを教えてよ」
そう言って、ノアは強引に私の手を引き、体ごと引き寄せた。
顔がぶつかりそうになり、思わず体を強張らせる。
ゾッとするほど端正な顔で見下ろされながら、私は音楽もなしにノアとのダンスレッスンを強要されたのだった。
ノアのダンスは、指導など一ミリも必要がないくらい、巧みなものだった。
『記録1:ロミナとジュリアス』
~完~
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