メガートン家の客間

5/5
前へ
/101ページ
次へ
「きっと、きっとそうよ。ジュリアスが悪いんだわ。あの子を追い詰めるから……」 「な! 何で俺のせいなんだ! 何の証拠があってそんなことを!」 「慌てるところが尚怪しいわ。白状なさい。ロミナの機嫌を損なわせたんでしょう? それが私たちにばれればただじゃ済まされないと思って黙ってるんじゃ……」  そこまで抜け殻のように呟いていたカストピール夫人は、急にハッと目を見開く。 「そう……そうよ。そう思って、口封じにロミナを殺したに違いないわ」 (なるほど。それはあり得る話だ。伯爵家を本気で怒らせれば、階級の低いメガートン家は確実に迫害されることだろう) 「話が飛躍しすぎてる! ロミナは、俺の恋人だったんですよ!? 確かにあなた方の大切な一人娘を傷つけたとあれば、婚約どころかこの土地での生活も難しくなるだろうけど、だからって殺してしまう訳がないでしょう!」 「十分な理由になるわ。貴方のご両親の今後にも関わってくるんですもの。必死になるのは当然だわ」 「ど、どこまで俺を侮辱するつもりですか!」 「お、おい、いい加減にしないか」  カストピール夫人とジュリアスの口論を止めようと、カストピール伯爵が立ち上がって夫人を制する。   ちらちらと、どうにかしてほしそうな目を向けてくるが、生憎私は紅茶を楽しんでいる最中だ。 「ジュリアス、落ち着きなさい。何の証拠もないのだから、聞く耳を持ってはいけないわ」  メガートン夫人がカストピール夫人を睨みつけながら言う。  階級が上であるカストピール夫人に、全く物怖じをしていない。 (たしか、メガートン夫人は元々侯爵家の令嬢だったかしら)  夫人とは反対に、メガートン男爵はおろおろしてるだけ。 「ディオクロイス様。私はジュリアス・メガートンを裁判にかけさせていただきますからね。ロミナの無念を絶対に晴らして見せます」 (また段階を吹っ飛ばしてそういう事を言い出す……) 「どうか落ち着いてください、カストピール伯爵夫人。法廷に立ったところで、今の状況ではこの場の口論と大して変わることはないでしょう」  物々しい表情でどす黒い声を出したカストピール夫人とは目を合わせずに、私は無表情にお決まりの言葉を口にしていく。 「皆様。どうかこの件、このアイヴィー・ディオクロイスに預からせていただけないでしょうか」  そう私が言えば、その場の全員が息を呑んだ。  期待。感動。不安。疑念。  様々な表情が一望できた。 「そう仰っていただけると……信じておりました」  その中でも、救いを受けた迷える子羊のような顔を見せたのは、カストピール伯爵であった。 「全力を尽くしますので、どうか先走った言動、思考をお控えいただければと思います。今はロミナ嬢の安らかな眠りだけを祈りましょう」  私がそう言うと、カストピール夫人はようやく落ち着きを取り戻した。 (また面倒ごとを引き受けてしまったけれど、放っておくわけにはいかないものね)  私は静かになった広い客間に安堵の息を吐き、満たされた心で紅茶をすすった。  ずっと椅子から立ち上がったまま声を荒げていたジュリアスが、呆然とした表情でストンと力なく腰を下ろしたのだった。
/101ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加