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ジュリアスの自室
と言うのが、ジュリアスが死んでしまった前日の出来事だ。
そしてその次の日。
あろうことか、ロミナ嬢の葬式が執り行われていた最中に、彼の訃報は届いた。
ロミナ嬢の盛大な葬式は、けたたましい鐘の音で邪魔された。
大きなざわめきが起こり、その鐘の音を辿れば、どこからか悲鳴がちらほらと上がっていた。
無数のやじ馬に囲まれていたのはメガートン男爵の屋敷。
大きなその屋敷の、三階の一室の窓から、ごうごうと燃え盛る炎が飛び出していた。
それが、ジュリアス・メガートンの自室であった。
幸い、メガートン男爵、そして夫人は無事。
使用人たちは、多少の怪我や火傷はあるものの、皆命に別状はなかった。
その火事で命を落としたのは、ジュリアス一人だけであった。
火元であるジュリアスの部屋から、丸焦げの遺体が見つかった。
その右手の薬指には、サファイアが埋め込まれた指輪がはめられていた。
ロミナ嬢と揃いのデザインが施された、あの指輪だ。
その死体は膝を抱えた状態で、部屋の隅に座っていたらしい。
暴れ回った痕跡はなく、覚悟の上での焼身自殺であると判断された。
これらは皆、ポリュデウケス団によって調べ上げられた情報だ。
私はその日、窓から溢れ出る恐ろしい真っ赤な炎を、ただ見上げていただけだった。
そして更にその翌日である今、私はゆったりと馬車に揺られている。
私の隣の席には、綺麗に包まれた花束が置かれている。
行き先はもちろん、メガートン男爵邸。
やはり私は自分の目で、ジュリアス・メガートンの終焉の有り様を確かめなくてはいけない。
とても気が進まないが……。
「ディオクロイス様。連日ご訪問いただき、全く恐縮でございます」
私を出迎えてくれたのはやつれた顔のメガートン男爵だった。
「いえ、なんてことありませんわ」
(連日? なんと言うことなの。メガートン男爵は時の流れを見失うほど傷心しているみたい。それとも、一日空けても連日と言うのかしら。いえ、もしくは、どうして昨日は来てくれなかったのか、という意味の嫌味? 確かに、私が昨日ジュリアスを訪れていれば、彼の死は免れたかもしれない。事件が起こってすぐに駆けつけなかった事も気に入らなかったのかしら。遠回しに恨み言を言いたくなる気持ちも分からないでもないけれど……)
そんなことを考えて、つくづく自分は面倒な性格をしているなと思った。
「このような時に、なんの慰めにもならないかもしれませんが……」
「なんと花まで……。お気遣い、大いに感謝致します」
メガートン男爵の顔色は酷く蒼白で、げっそりとしていて、ぐったりとしていて、本当に意気消沈としか言えない雰囲気を醸し出している。
そんな状態の人間に、回りくどい嫌味をかましている余裕なんてあるはずがない。
一瞬でもそんなことを考えた自分が愚かに思える。
(やはり日にちも数えられない程、参ってしまっているのかもしれない。もしくは口をついて出てしまっただけかも)
「ディオクロイス様? いかがなされました?」
「いえ。何でもございません」
これは、私の悪い癖。
何でもかんでも皮肉的にとらえて、ひねくれた考えを巡らせる。
とても意味の無い、私の悪癖。
「そうですか。さあ、どうぞご自由に見て回ってください。ジュリアスの潔白を示す手がかりが出てくれば良いのですが……」
一人息子を亡くしたメガートン男爵の背中は、とても寂しそうだった。
「きっと真実を見つけ出します」
「感謝いたします。私は少し休ませていただきます。ディオクロイス様がいらしていると言うのに、申し訳ございません。もちろん、お声掛けいただければお茶のご用意はいつでもいたしますよ」
色々、ジュリアスの行動について聞き出したかったけれど、メガートン男爵にはそんな余力が残っていないようだ。
「私のことはお気になさらず。勝手に調べさせていただきますので」
「よろしくお願い致します」
メガートン男爵は深く頭を下げ、私の前から立ち去った。
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