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舞踏会
煌びやかな舞踏会。
ホール中に弦楽器の素晴らしい演奏が心地よく鳴り響いている。
同時に、人混み独特の騒めきも負けじとホールを埋め尽くしている。
ホールの中心では、軽快な音楽に合わせて、大勢もの男女がダンスを楽しんでいる。
「あ、ディオクロイス様がいらっしゃるわ」
「いつ見ても見目麗しいわね」
「今日もなんて美しいブロンドなのかしら。まるで輝いているようだわ」
「髪型も華やかだわあ」
この手の盛大な舞踏会へは何度も参加しているため、別に緊張なんてしていない。
だけど、私は元々、そこまで舞踏会が好きではないのだ。
ダンスも、別に苦手ではないのだけれど、楽しいと思ったことは一度もない。
複雑な装飾が施されたドレスを、特段自慢しようとも思わない。
私は疲れと退屈を紛らわすため、さりげなく深くため息を吐いた。
「これはこれはディオクロイス様! ようこそお出でくださいました」
一人でいる私にわざわざ声を掛けてきたこの中年男性は、舞踏会を開いたこの館の主、カストピール伯爵だった。
ガタイが良く、厳格そうな凛々しい眉毛をしているが、その声には温厚さが滲み出ている。
「御機嫌よう、カストピール伯爵。お招きありがとうございます。とても盛大な舞踏会ですね」
丁寧にお辞儀をし、私は当たり障りのない言葉を繋げる。
「光栄でございます。是非お楽しみいただければと」
紳士的に、落ち着いた口調でカストピール伯爵は言葉を返す。
だが、そんな短い言葉だと私は困ってしまう。
私が新しく話題を考えないといけない。
生憎、私はお喋りが得意ではない。
「まあ! ディオクロイス様! ご挨拶が遅れて申し訳ございません!」
そこで私に救いの手。
カストピール伯爵夫人の登場だ。
「ご機嫌よう、カストピール夫人。お会いできて何よりです」
カストピール伯爵夫人。
つんと尖った鼻で、ほっそりとした体格。
濃い紫のスレンダードレスがとてもよく似合っている。
ピリついた雰囲気を持つ、ちょっと扱いづらいご婦人だ。
だけど、今の私の代わりに話題を提供してくれるなら、どんな人物だって構わない。
「ディオクロイス様が折角いらしているのに、娘のロミナはまだ自室におりますの。ご無礼をお許しくださいね」
「構いません。こんなに素敵な舞踏会でしたら、目いっぱい着飾りたいはずですわ」
「いえ……それが、準備に手間取っているのではないのです」
呆れたようにため息を吐いたカストピール夫人。
「何か問題が?」
「実は、数日顔を出しませんの。きっと、婚約に反対したことでまだ拗ねているのでしょう」
「これ、よさないか。ディオクロイス嬢の前でそんな話を……」
カストピール伯爵は語り出す夫人を制し、申し訳なさそうな笑みを私に向ける。
「今、侍女に娘を連れ出すように言ってあります。もうすぐやってまいりますよ。サプライズを考えておりますからな」
「サプライズ?」
「ええ。今日この場を借りて、彼女の婚約を発表してやるのです。もちろん彼女の恋人であるメガートン男爵家のご子息とのね。それを聞けば娘の機嫌も直るでしょう」
「でも私はまだ認めたわけではありませんわ」
「だが、発表したらそうもいかないぞ。それにお前、このまま反対し続けていたら―――」
「分かっているわよ。だから、彼にはもっと努力してもらわなくては」
これ以上はただの家族間の終わりなき口論に巻き込まれる。
そう思った矢先だった。
館のどこからか若い女性の悲鳴が、けたたましく鳴り響いたのだ。
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