10人が本棚に入れています
本棚に追加
「美味しいよ? 流石、ディオクロイス家のシェフ。一流なんて言葉では表せないね」
ノアの言葉に、私は不覚にも強い喜びを感じてしまった。
私がその腕に信頼を置いている使用人が、こうして褒められるのは気分がいい。
私は結局、目の前に並ぶ料理たちに手を伸ばした。
ノアが目を細めて笑った。
「あ、そうそう。最終的に、カストピール伯爵は、自分の妻であるカストピール夫人を犯人だと疑ってたんだよ」
「はい?」
唐突に発せられたその言葉に、フォークを持つ手が止まる。
「どういうこと?」
「ジュリアスを疑っていたカストピール伯爵は、彼を見てまた思い直したんだよ。"この男はロミナのヒスを知らないし、殺人なんてする人間じゃない"ってね」
(確かに、カストピール夫妻とメガートン家を訪れた際のジュリアスの雰囲気は、しっかりと貴族のそれであり、良識のある青年といった印象だった)
「ま、カストピール伯爵はそう思ってくれるんじゃないかなーって僕は思って、ジュリアスに帰ることを提案したんだけどね」
「......」
「まさかそこでロミナの訃報を聞くことになるなんて、考えてなかっただろうなあ」
ノアはくつくつと笑った。
もう、何がなにやら......。
「それでね? 考えを改めたカストピール伯爵に対し、夫人は逆にヒートアップ。当然伯爵はそんな妻の態度に疑問を抱く。メガートン夫人から敵視されていなかった伯爵は、どうして自分の妻がそこまで食ってかかるのか分からない。それまでメガートン夫人への不満を表に出していなかったカストピール夫人だったが、ロミナの死に気が動転して引き下がることができず、伯爵の疑念を集めてしまった」
カストピール伯爵家に訪問した時の夫妻の様子を思い浮かべる。
(そう言われてみれば、急にカストピール伯爵は冷静さを取り戻した気がする)
「ある程度の葛藤はあったと思うけれど、結局辿り着いた結論は、妻を犯罪者にするわけにはいかない、ってことだった。カストピール伯爵は、何とか君の目をごまかせないかと躍起になっていたはずさ」
捜査のためにカストピール伯爵家へ訪れた時の、伯爵の妙な落ち着きが気にかかっていた。
まさか、夫人を疑っていたなんて。
「カストピール伯爵が、新聞の記事に文句を言わなかった理由は分かったわ。でも、夫人の方はどうして?」
(もしかして、伯爵からの疑いの目に気付いて、早く事件解明を終わらせようと促したのかしら? いや、それでは伯爵からの誤解を解いたことにはならない)
「自分が、安らぎを手に入れたことに気が付いたんじゃない? それで満足して、もう犯人なんてどうでも良くなったのかもね。むしろ、感謝すらし始めていたかもしれない」
ノアは、不気味に目を光らせて、愉快そうに笑った。
(娘を殺した犯人に、感謝ですって?)
「馬鹿な事言わないでちょうだい。一体どんな風の吹き回しで、カストピール夫人がそんなことを考えるの」
「家族を相手にすると、悪癖ってより大胆に顔を出すよね」
「……」
(カストピール夫人は、娘であるロミナを疎ましく思うほど、彼女のヒスに辟易していた?)
「その通りさ。そして娘が死んで、ストレスがなくなり、夫人は心身ともに回復」
「で、でも、ロミナ嬢が亡くなって、あんなに取り乱していたのに……」
「人が一人死んでいるんだ。取り乱すのは全く不思議じゃない。姉さんじゃないんだから。それに、手を焼いていたとはいえ、夫人はロミナ嬢をきっと、愛していたと思うよ? 彼女は普通の女性で、普通の母親だったし」
聞き捨てならない言葉が聞こえたけれど、今は突っかかる気になれない。
最初のコメントを投稿しよう!