鴨ロースのバルサミコソース添え

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「美味しいよ? 流石、ディオクロイス家のシェフ。一流なんて言葉では表せないね」  ノアの言葉に、私は不覚にも強い喜びを感じてしまった。    私がその腕に信頼を置いている使用人が、こうして褒められるのは気分がいい。  私は結局、目の前に並ぶ料理たちに手を伸ばした。  ノアが目を細めて笑った。 「あ、そうそう。最終的に、カストピール伯爵は、自分の妻であるカストピール夫人を犯人だと疑ってたんだよ」 「はい?」  唐突に発せられたその言葉に、フォークを持つ手が止まる。 「どういうこと?」 「ジュリアスを疑っていたカストピール伯爵は、彼を見てまた思い直したんだよ。"この男はロミナのヒスを知らないし、殺人なんてする人間じゃない"ってね」 (確かに、カストピール夫妻とメガートン家を訪れた際のジュリアスの雰囲気は、しっかりと貴族のそれであり、良識のある青年といった印象だった) 「ま、カストピール伯爵はそう思ってくれるんじゃないかなーって僕は思って、ジュリアスに帰ることを提案したんだけどね」 「......」 「まさかそこでロミナの訃報を聞くことになるなんて、考えてなかっただろうなあ」  ノアはくつくつと笑った。  もう、何がなにやら......。 「それでね? 考えを改めたカストピール伯爵に対し、夫人は逆にヒートアップ。当然伯爵はそんな妻の態度に疑問を抱く。メガートン夫人から敵視されていなかった伯爵は、どうして自分の妻がそこまで食ってかかるのか分からない。それまでメガートン夫人への不満を表に出していなかったカストピール夫人だったが、ロミナの死に気が動転して引き下がることができず、伯爵の疑念を集めてしまった」  カストピール伯爵家に訪問した時の夫妻の様子を思い浮かべる。 (そう言われてみれば、急にカストピール伯爵は冷静さを取り戻した気がする) 「ある程度の葛藤はあったと思うけれど、結局辿り着いた結論は、妻を犯罪者にするわけにはいかない、ってことだった。カストピール伯爵は、何とか君の目をごまかせないかと躍起になっていたはずさ」  捜査のためにカストピール伯爵家へ訪れた時の、伯爵の妙な落ち着きが気にかかっていた。  まさか、夫人を疑っていたなんて。 「カストピール伯爵が、新聞の記事に文句を言わなかった理由は分かったわ。でも、夫人の方はどうして?」 (もしかして、伯爵からの疑いの目に気付いて、早く事件解明を終わらせようと促したのかしら? いや、それでは伯爵からの誤解を解いたことにはならない) 「自分が、安らぎを手に入れたことに気が付いたんじゃない? それで満足して、もう犯人なんてどうでも良くなったのかもね。むしろ、感謝すらし始めていたかもしれない」  ノアは、不気味に目を光らせて、愉快そうに笑った。 (娘を殺した犯人に、感謝ですって?) 「馬鹿な事言わないでちょうだい。一体どんな風の吹き回しで、カストピール夫人がそんなことを考えるの」 「家族を相手にすると、悪癖ってより大胆に顔を出すよね」 「……」 (カストピール夫人は、娘であるロミナを疎ましく思うほど、彼女のヒスに辟易していた?) 「その通りさ。そして娘が死んで、ストレスがなくなり、夫人は心身ともに回復」 「で、でも、ロミナ嬢が亡くなって、あんなに取り乱していたのに……」 「人が一人死んでいるんだ。取り乱すのは全く不思議じゃない。姉さんじゃないんだから。それに、手を焼いていたとはいえ、夫人はロミナ嬢をきっと、愛していたと思うよ? 彼女は普通の女性で、普通の母親だったし」  聞き捨てならない言葉が聞こえたけれど、今は突っかかる気になれない。
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