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「今にも自殺しそうな程、やつれた顔だったなあ。虚ろな目で、ページをパラパラめくってて、余りの不気味さに店主も声を掛けられなかったみたいだよ。ほら、彼失踪してたでしょ? ロミナに会うのが苦しくて姿をくらましていたらしいよ」
ノアはカップをソファー横のティーテーブルに静かに置いた。
「毒を持つ植物に関しての本。まゆつば物だったけれど、彼はそれを虚ろな目で熱心に読んでいたよ」
ノアのその言葉に、私の心に緊張が走った。
(やはり、毒物を使って、ジュリアスはロミナを……)
煌びやかな小瓶に詰められた猛毒を、満面の笑みで受け取るロミナの姿が、私の頭に浮かび上がった。
「たまたま僕はその時退屈していたんだ。だから声を掛けた。それで、僕が彼の願いを、割と簡単に叶えられそうだなって思ったんで、色々助言をしたってわけ」
「……退屈しのぎで、殺人犯の逃亡に手を貸したの?」
「いや? 僕が手を貸したのは、あくまでジュリアスにだけだよ」
「……」
それは、過去の犯罪者たちに手を貸したことはなく、あくまで今回が初めてだ、と言う意味だろうか?
常習犯ではないということを示す、言い訳なのだろうか?
「……他の犯罪の話は、今は関係ないわ」
「ん? ああ、違う違う」
「何が違うと言うの?」
ノアが困ったように唸り声を上げる。
いまいち、ノアの話が見えてこない。
「もー、変な言葉の解釈しないで、そのまま受け取ってよ。僕がそんな小さなことで言い逃れを試みると思うの? 心外だなあ」
オーバーに落胆したリアクションを見せるノアに、更に私の頭は困惑した。
「そのまま? どういうこと?」
「僕が手を貸したのは殺人犯ではなく、ジュリアスにだけ。つまり、ジュリアスは殺人なんてしてない。ロミナを殺してないってこと」
「え?」
「え? そんなに驚き? 姉さんは事件よりも事故の可能性を信じて、真相を追っていたんでしょ? 予想の範疇じゃないの?」
(ジュリアスは......ロミナを殺してない? しかも、その口ぶりは、今回のことは殺人事件ではないってこと?)
無意識に緊張の糸が緩む。
悪意も殺意も、存在しないのが一番いい。
だけれど、ほっと胸を撫で下ろすわけにはいかなかった。
事故と結論付けるには、不自然な事柄が余りにもまだ多く残っている。
(さっきジュリアスは毒についての本を読んでいたって話したばかりだわ。何か関連があるはずよ)
それに、
「でも、あなたが言ったのよ? ジュリアスはロミナのヒスに耐えられなくなったって」
ジュリアスの犯行をほのめかせたのは、他でもないノアだ。
「そう。その通りさ」
淡々とした態度で、ノアは短く言葉を返す。
「だから、駆け落ちを計画したのさ」
「え?」
(どういうこと? 本当にジュリアスはロミナと駆け落ちをするつもりだったの? でも何故? 誰の目にも触れない場所で、ロミナを殺す気だったということ?)
「ん? ああ、違うよ。ロミナとじゃなくて」
「じゃなくて?」
「ソフィアって子」
「……」
(ソフィア? ソフィアって……あの?)
「そうそう。カストピール家に仕えている、あのソフィアだよ」
「えええ!? ……は!」
はしたなく大声を上げてしまい、慌てて口元に手を当てた。
「ちなみに、メガートン家執事のロイドの娘」
「なんですってえ!?」
もっと大きな声を上げてしまった。
「あっはは。落ち着いてよ姉さん」
何とも清々しい笑顔でノアは言う。
私の反応は予想通りだったようだ。
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