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「ちょ、ちょっと待って。順を追ってちょうだい」
「うん。まず、姉さんが疑問に思っていた、毒の本のことだけどね」
「……ええ」
私は色々と言葉を押し込んで、素直に聞く姿勢を取った。
「ジュリアスは毒を作るためじゃなくて、毒を打ち消すために情報を集めていたんだよ」
「毒を、打ち消す?」
「そうそう。ロミナのヒスに対抗するためにね」
「ロミナがもし毒を飲んでも、助けてあげられるように?」
(まあ、全部偽物だったわけだけれど……)
「あはは。姉さんは優しいなあ。まあでも、目的はそういう事」
本来は褒め言葉である"優しい"という言葉ですら、もはや馬鹿にしているとしか思えなくなっている。
「ロミナが有している毒を突き止め、解毒剤を用意し、彼女が目の前で毒を煽った時、確実に蘇生できるようにしたかったんだよ。別れを切り出したら死のうとするだろうことは、簡単に予測できたからね」
ジュリアスの心にはロミナへの殺意はなくとも、嫌悪はやはり存在していたらしい。
「ジュリアスはずっと、ロミナと離れたがっていた。でも、別れ話の度に毒を持ちだして泣き喚くから、関係を切れずにいた。加えて、ロミナはジュリアスよりも身分が上だ。死なれたらもちろん、メガートン家はお終いさ」
ノアは足を組み替え、背もたれに体重を預ける。
「別れ話を押し切って、ロミナ嬢が毒を飲んでしまっても、"伯爵令嬢を死に追いやった"なんて責任を負わされないように、解毒剤を準備しようとしていた。そういうわけね」
(確かに、"助けてあげられるように"、なんて、ずれた考えだったわ)
「ストレスまみれのジュリアスに追い打ちをかけるようにして、とうとうカストピール伯爵に婚約を承諾されてしまった」
望まない結婚が、間近に迫ってしまった。
「だから、ソフィアと駆け落ちを考えたんだよ」
「ソフィアとジュリアスは―――」
「そう。恋仲だよ」
「う、浮気をしていたってこと?」
「それ以外に何か?」
「え、や、分からないけれど……」
「初心だね姉さん。今どき恋人の一人や二人、珍しい話じゃないよ。ましてや片方は話の通じないヒステリーモンスターだよ?」
神経を疑う発言に、私はげんなりと肩を落とす。
(こ、恋人の一人や二人? なんて不誠実なの? いくら相手を嫌いになったからと言って、分かれてもいないのに別の相手と恋仲になるなんて……)
「あなた、そんな最低な男に、どんな手を貸したと言うの?」
「ん? それは気付いてるでしょ?」
見透かしたような目で、ノアは自分の膝に頬杖を突く。
ノアの言動は、私の考えへの肯定を意味している。
ジュリアスは生きている。
それも恐らく、本物のジュリアスは、私が街で見かけたあの人物だ。
ノアは、ジュリアスが焼身自殺と見せかけたあの事件に、深く関与している。
"とても綺麗なお花だったようで―――"
メガートン夫人のやつれた声。
"ああ、姉さんと一緒に庭の手入れをするのも、良い趣味になるかなーって思ってね"
ディオクロイス家の庭に雑然と置かれた大きな園芸用のワゴン。
「あなた、私の振りをして、ジュリアスの部屋に、死体を運んだわね」
睨むようにしてそう言えば、何とも不敵で妖艶な笑みが、静かに返ってきたのだった。
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