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「さあ、皆さん。そのワゴンを運んでいただけますか?」
ノアが振り返った先には、困惑した表情で花のワゴンを支える、ディオクロイス家の使用人が三人。
「どちらまで?」
「三階のジュリアス卿の部屋まで」
「持ち上げるのですか?」
「できませんか?」
艶やかな流し目を、ノアは使用人に向ける。
「いえ、お任せください」
三人は口を揃えて返事をした。
「さあ、行きましょう」
文句も言わずにワゴンを運び上げる使用人を背後に、ノアはドレスの裾を優雅に持ち上げて階段を上っていく。
だが、二階に辿り着き、ジュリアスの部屋へと続く階段下へとやってきた時、花の乗ったワゴンは床へと下ろされた。
「ご機嫌麗しゅう存じます、ディオクロイス様」
「御機嫌よう」
階段下には、執事のロイドが立っていた。
「ディオクロイス様。ご無礼を覚悟で申し上げます。どうか、この先へはお立ち入りになりませんよう、お願い申し上げます」
深々と頭を下げ、ロイドは言う。
「ジュリアス卿に花を届けに参りました。美しいものを見れば、心も安らぐことでしょう」
「ジュリアス様はいたくご傷心なさっております。しばらくの間は、お一人にして差し上げたいのでございます」
「心中お察しいたしますわ。ですが、そんな時でこそ、側でお声をおかけし、寄り添って差し上げるべきでございますわ」
一歩も引かないノアに、ロイドは困り果てる。
「ジュリアス卿が気がかりなだけでございます。どうか、私だけでも」
ノアはそこまで言って、その頭を下げようと腰を曲げた。
「ディ、ディオクロイス様! どうかそれ以上は!」
ロイドは慌ててノアを止める。
そして、意を決した表情を見せる。
「承知いたしました。ディオクロイス様お一人でございましたら……」
「感謝いたしますわ」
「と、とんでもないお言葉でございます。大変失礼なお願いであったことは存じ上げております。ご無礼をお許しください」
「この三人は、ここから一歩も立ち入らせないとお約束いたします」
「ご理解いただきありがとうございます」
「そこで、このワゴンを運ぶのを、手伝ってはいただけませんか?」
「……喜んでお手伝いいたします」
まだ息の整わない三人の使用人をちらりと見てから、少しだけ躊躇った間を置いて、ロイドは答えた。
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