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だが、なかなか夫人たちの口論が止まないので、遂にカストピール伯爵が口を開く。
「と、とにかく、一度ジュリアスに会わせていただきたいだけなのです。とにかく、とにかく……そう、娘の最近の様子を伺いたい。犯人だと決めつけるような物言いをしたことは謝ります。娘が死んでしまい、気が動転していたのです」
伯爵はすっかり始めの威圧的な態度を失っていた。
ヒートアップした自分の妻の姿を前にして、頭が冷えたのだろう。
「……ジュリアスはここにはおりません」
カストピール伯爵の言葉に冷静さを取り戻したメガートン夫人が、伏し目がちに言った。
「いない?」
カストピール夫人が眉を吊り上げて聞き返す。
「実は、一週間ほど前から姿を消しています。行方不明なのです。我々も探しているところなのです」
メガートン男爵が汗を拭いながらそう付け加えた。
「ジュリアスを匿うための嘘では?」
カストピール夫人は呆れたような表情でため息を吐き、意地悪な口調でそう言った。
「何度も申し上げますが、ジュリアスは決して人を殺めるような人間ではございません。匿う必要などないのです。ですが、現に彼はこうしていなくなってしまった」
メガートン夫人はおっとりとした雰囲気を完全に脱ぎ捨てて、今は敵対心を剥き出しにしている。
「で、ですから、私たちはてっきり、お宅のロミナお嬢様と駆け落ちをしたのかと考えておりました。今日のご訪問も、そのことに関することかと……」
メガートン男爵はおろおろとした態度で言った。
私がちらりと隣にいるカストピール夫妻の表情を窺うと、二人とも愕然とした顔をしていた。
「そ、そんな……。ジュリアスが関係していないと言うなら、誰が……。いや、そんなことはないわ。きっと姿をくらませば逃げ切れると思ったのよ。きっとそうに違いないわ」
ぶつぶつと呟くカストピール夫人。
(一体夫人はジュリアスをどんな男だと思っているのかしら。まあ私は全く知らないけれど)
気迫を失い、ふらふらとし出したカストピール夫人を見て、メガートン夫人が哀れむようにため息を吐いた。
「もちろん、ジュリアスだけが疑われているわけではございませんよね? ディオクロイス様。カストピール様の家臣の皆さまも、同じように疑われていますのよね?」
物腰は柔らかいが、メガートン夫人の言葉は威圧感がある。
「今はまだ誰かを疑う段階にはありません。私としては情報収集を目的としてこちらへ出向いたまでです」
私がそう答えると、呆然と思考を巡らせていたカストピール夫人がハッとなり、メガートン夫人を睨みつけた。
「ディオクロイス様に対してなんて態度を……」
特に私は気にしていなかったので、カストピール夫人を視線で制する。
「とにもかくにも、まずはもっと詳しい状況把握が必要でございます。亡くなられたロミナ嬢について深く理解したいので、またこちらに足を運ばせていただきます」
ここにいても何も進展がなさそうなので、そんな言葉でお暇しようとしたその時、
「ロミナが死んだって!?」
突然、私たちの背後から青年の大声が聞こえてきた。
「ジュ、ジュリアス!」
メガートン夫人の感極まるその声で、私はその青年が話題のジュリアスであると察した。
ジュリアスは、分かりやすく絶望した顔で、その場に立ち尽くしていたのだった。
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