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「……か、かなり重たいのですね」
ロイドは顔を引きつらせ、腕を振るわせてワゴンの片側を宙に浮かせる。
「ディオクロイス様は、花が落ちてしまわぬよう、お手を添えてくださいまし」
ロイドは険しい顔を必死で取り繕いながら、車輪をごとりと階段へ乗り上げさせる。
二階までは三人で運び上げ、それでも息が上がるほどに重たいのだ。
かなり危険で、重労働であることが容易に理解できる。
やっと階段を三段ほど上った時、ディオクロイス家の使用人が、もう片側を持ち上げようと一斉に一歩を踏み出す。
「あなた達はここでお待ちなさい」
「ですが―――」
「私が運びます」
「な、なんと!?」
ノアの言葉に、ロイドもディオクロイス家の使用人も、驚きの声を上げる。
その拍子に、ロイドはバランスを崩し、ワゴンを強く階段へとぶつけてしまった。
「ディ、ディオクロイス様! どうか階段を上り切るまで、お付きの方々のお力添えをお受けしてもよろしゅうございますか!」
「では、この階段への立ち入りは、お許しいただけるのですね?」
「もちろんでございます!」
ロイドの言葉に、使用人たちはほっと胸を撫で下ろし、ワゴンの下部に手を滑り込ませた。
そして、無事に花の積まれた園芸用ワゴンは三階の廊下へと運ばれた。
「では、ジュリアス卿のご様子を見てまいりますわ。安心してください。もし、お声がけが逆効果であると判断したら、すぐに引き返してまいります」
「承知いたしました」
「後は一人で運べますので、どうぞ見張りをお続けになってください」
そう言って、ノアは四人を階段下へと促した。
使用人たちは困惑の表情を浮かべたが、ノアの有無を言わさぬ微笑みに負け、皆踵を返した。
ロイドは疲れ切った表情で頭を深く下げると、三人の使用人と共に、二階の階段下まで戻っていった。
「……さて、と」
ワゴンの取っ手を引き、軽々と車輪を走らせる。
ジュリアスの部屋の前でそのワゴンを止め、控えめにドアをノックした。
「ロイド。さっきも言っただろう。誰とも話したくないんだ」
「あっそ。折角いい案を持ってきたのになあ」
ノアがわざとらしくそう言えば、直ぐに扉が開け放たれた。
「ディ!? え!? ええ!?」
「落ち着きなよ。僕だ。助けてやるって言っただろ?」
「助けてやるって……まさかお前、ルーカスか!?」
ノアは、顔だけでなく名前まで偽ってジュリアスと接触していた。
ジュリアスは周りを警戒しながらノアを部屋へと招き入れた。
「お前……その姿は一体……。まさか俺が昨日会ったディオクロイス様って……」
「馬鹿なこと考えるな。変装に決まってるだろう? ディオクロイス公爵令嬢に化ければ、どんなところだって忍び込めるのさ」
「お、お前、それは大罪だぞ。もしばれたら……」
「君を、助けるためだ」
ノアが真っ直ぐに見つめれば、ジュリアスはそれ以上何も言葉を紡げなくなる。
「さて、ここに死体がある」
「は、はああ!?」
ノアは突然花々をひょいと掻き分け、ワゴンの底に寝かされていた人間の死体をジュリアスに見せつけた。
当然、ジュリアスは吃驚仰天だ。
「静かに」
「な、な、お前!」
ノアは、ディオクロイス家には及ばずとも、恐らくそれなりに高い身分を持っている。
どこか裏のルートから、身元不明の死体を調達することなど、容易いことであったのだろう。
いや、もしかしたら、それこそアイヴィー・ディオクロイスの振りをして、死体安置所かどこかから、それを持ち出したのかもしれない。
「なかなか君の体格に似ている死体を見つけたと思わないか?」
「あ……あ……」
死んでいる人間を見るのは初めてなのか、ジュリアスは混乱から抜け出せずにいた。
「こ、これを、どうする気だ」
「決まってるだろ? 君の代わりにするんだ」
「俺の、代わり?」
「もう、逃げるしかないと、思ってるんだろ?」
「……」
その言葉に、ジュリアスは落ち着きを取り戻し、腹を決めた表情でノアを見上げた。
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