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(ソフィアは……ロミナの死にそれほどショックを受けてはいなかった。それは、単に嫌っていたからではなかったのね)
ロミナの死を引きずることなく日常とさして変わらない仕事ぶりを発揮していたのは、ソフィアだけでなかった。
カストピール家の使用人は皆、ロミナに対して薄情だった。
それに惑わされた。
ソフィアが平然と日常を送っているのはおかしなことではなく、カストピール家の使用人の間では当たり前のことなのだと、私に錯覚させた。
「でも、それって、ちょっと怖いよね」
「え?」
「人一人殺しといて、落ち着き払っているなんて。それに、その現場であるカストピール家で平然と仕事をし続けていたなんて、さ」
ノアは足を組み変え、背もたれに肘を突き、頭を支える。
「確かに、いきなり仕事を辞めたりしたら、疑われるだろうけどさ」
ノアの言った、"怖い"という言葉が、私の胸に刺さる。
ソフィアが異常である可能性なんて、私は微塵も疑っていなかった。
面倒臭そうに芋の皮を剥く彼女の姿には、人間らしささえ感じていた。
人を殺してすぐの人間には、到底思えなかった。
「過失の疑いは、ないかしら」
「姉さんの気持ちは分かるけれど、それは中々難しいよ」
「何故?」
ソフィアは、自分がロミナを殺してしまったとは思っていないのではないか。
嫉妬こそしていたけれど、ロミナが嫌われていることを知っていたから、殺すことまで考えないのではないか。
ソフィアの様子が、人を殺した直後の人間の雰囲気であるとはどうしても納得できず、ぐだぐだとそんなことを考え始める。
だがそんな時、部屋の扉が控えめにノックされた。
「ノア様、小包が届いております」
扉の向こうから、リチャードの声が聞こえてくる。
「ああ、やっとか。実際目にするの楽しみにしてたんだよね」
ノアはスキップでもするかのような足取りで、扉の方へと向かう。
「ありがとう、リチャード」
リチャードは一礼し、また去っていった。
ノアは両手に乗せられた四角い小包を持って、私の座るソファーまで歩みを進める。
そして、断りもなく私の隣へ腰掛けた。
「開けてみる?」
いたずらっ子のような表情で、ノアはそれを差し出してきた。
(まだ話の途中じゃない……)
少しもやもやしつつも、この数日の中で、ノアからペースを取り戻せた試しはないので、私は大人しくそれを受け取った。
白い紙に包まれたその小包は、大きさの割に重量があった。
「気をつけて。傾けると、ちょっと厄介だよ」
囁くような優しい声に、不覚にも心臓が高鳴る。
私は小包を膝に乗せ、慎重に紙を剥ぎ取った。
「……綺麗ね」
それは、小ぶりの白い花をいくつか携えた、小さな鉢植えだった。
「これ、何の花かしら? スズラン……に似てるけど、ちょっと違うみたい……」
私はお洒落な鉢に収められた可愛らしい花を熱心に観察する。
「ヒントはね。絶対に聞いたことがある花だよ」
ノアはニヤニヤとその整った顔を緩めて私を見つめている。
(絶対聞いたことがあるって……それだけ有名な花ってこと? でも、こんなの本当に見たことないし……。もしかして変種? それとも、花が好きと言っている割にノアよりは知識が薄い私を馬鹿にしている? だからわざと一般常識のように言ってるの?)
花とにらめっこをしながら、ぐるぐるとそんなことを考える。
でも、いくら考えたところで、知らない答えを引き出すことはできない。
「はあ……私の負けよ。教えてちょうだい」
ため息を吐いた私に、待ってましたとばかりにノアが得意げな顔を見せる。
「それはね、セセロハって言うんだよ」
ノアの口からは、確かに私が聞いたことのある植物の名前が放たれた。
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