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突き止めた事実は、世間に公開された情報とは全く異なる。
それなのに、今語られた情報を、ノアはこの場限りで終わらせようとしている。
嘘偽りのない真実こそが正義。
私は、そう信じている。
だけれど、ノアの言葉に臆してしまう。
真相を伝えることで、カストピール家もメガートン家も、状況が好転することはなく、それどころか、世間的地位や名誉が揺らぐ可能性がある。
(ノアの言う通り、このまま闇に葬り去るのが、最善なの?)
「ま、メガートン家に関しては、ロイドから話が漏れるまでの束の間の幸せさ」
私は思わず嫌悪の感情を表情に出してしまう。
話すことによって更に不幸になるかもしれないが、今の状況は、決して"幸せ"などではないのに、何が束の間の幸せだ。
「ロイドさんが、何を知っていると言うの?」
「彼、多分気付いてるんだよ」
「だから―――」
「娘が自分の研究を使って人を殺したことも、ジュリアスと共に逃げたことも、ロイドは勘付いていた。もしかしたらディオクロイス公爵令嬢が手を貸したのではないか、と言うことまで、ね」
ロイドの様子に違和感を抱いた原因は、きっとそこにあったのだろう。
(ロイドさんにとっても、娘が殺人を犯していることが露見するのは避けたいでしょうね。それに、ジュリアスと一緒にいることを嬉しく思っているかもしれない。それならこのまま......)
そんなことを考えて、さっと血の気が引いていく。
私が探偵をしているのは、真実を突き止めるため。
悪を捌くため。
人を殺したソフィアは絶対に悪だ。
彼女を守ろうとしているジュリアスも、気付いていながら言わざるの態度を取るロイドも悪だ。
それなのに、今私は、その悪人たちの気持ちを汲んだ思考をしてしまっていた。
「何故、ジュリアスを説得しなかったの。自首するようジュリアスから言われれば、ソフィアだって―――」
自分の心の矛盾に目を背けるため、私はノアを責めるような口調でそう言った。
「恋は盲目。何も見えてない人間に、社会のルールを諭したところで、何の意味も成さないよ」
ノアは馬鹿にするかのような口調で言う。
その口元には、上機嫌な微笑みが絶やされることはない。
「愛ゆえの行動さ。そこまで強い愛情だったってことだよ。そう考えれば、殺人の一度や二度、目を瞑ってあげてもいいんじゃない?」
(殺人の、一度や二度?)
淡々と繰り出される言葉に、私は自然と口を開けたままになってしまう。
何故、そんな飄々とした口調で語れるのか、何の罪もないホームレスにまで手を掛けていたソフィアよりも、彼女を守るため逃亡したジュリアスよりも、彼らの行動を許容するノアの方が理解できない。
(本当に、人の命を軽んじるこんな感覚の人間が、私の双子の弟なの?)
価値観、考え方の違いが、この数日で、何度も垣間見えた。
私たちは、姿かたちこそ瓜二つでも、中身は似ても似つかない。
「ソフィアに、然るべき罰を与えるべきだと、思わないの?」
「思わないよ。僕、ソフィアのこと、心底どうでもいいからね」
ノアは少しだけ嫌気のさした表情を見せる。
「僕はどちらかと言えば、ジュリアスの方が気に食わなかったんだ」
やれやれといった態度でノアは続ける。
「立場だなんだと色んなものに怯えて、結局なんの覚悟も決断もしなかったジュリアスに、僕はこれ以上ないってくらい苛つきを覚えたよ。自分の幸せを掴むために貪欲になれないなんて、可哀想だとも思った」
ノアはにやりと口角を上げる。
「安心しなよ姉さん。彼はもう、逃げられないから」
ノアがジュリアスに感じている苛立ちが、共鳴するかのように私の中へ流れ込んでくる気がした。
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