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「ロミナなんかより、ソフィアの方がよっぽど厄介だよ」
ノア曰く、ジュリアスは、自分の幸せを掴むために、貪欲になりきれなかったのだと。
ロミナに別れを告げるまでは良かった。
だが、ジュリアスにはロミナを怒らせる覚悟がなかった。
自分の立場を犠牲にする覚悟がなかった。
そして、怒らせた故に、彼女が死んでしまうのを恐れた。
自分の自由と引き換えにして、彼女が死ぬことを恐れた。
(でも、死を回避しようとすることの、何が悪いと言うの? 普通のことではないの?)
しかしそれは、自由奔放なノアにとっては気に食わないのだろう。
「助けるつもりはなかったよ。面白そうだと思った。むしろ思い知らせたかった。だから安心してよ。ジュリアスの味方だった瞬間は、一度もないからさ」
(何に対して安心すればいいのよ)
「強いて言うなら姉さんの味方さ」
「私?」
「今回の事件の真相を公表しないのは、姉さんのためでもある」
背もたれに頬杖を突き、ノアは私に向き直る。
「全部話すとなると、僕が関わってることがバレてしまうよ?」
(元凶は自分のくせに何言ってるのよ)
そう思いはするものの、そんな風に言われてしまったら、まるで私だけが権力に拘っているかのように思えてくる。
私だけでなく、ノア自身の立場だって失われると言うのに。
だが、ノアはまるで自分は全く関係がないかのような口調を貫く。
「いいの? 天下のディオクロイス公爵家の長男が、犯罪者に加担したなんて事実が流れて」
試しているかのような目で、私が返す言葉に困っているところを、心の底から楽しんでいる。
「姉さんだって、身内が共犯者だったなんてこと、世間に知られたくないでしょ?」
「……丁度、あなたが身内であることに疑問を抱いていたところだけれどね」
「あっはは」
ノアは気を悪くする様子もなくただ無邪気に笑った。
しかし、その瞳が一瞬、僅かな動揺の色を浮かべたような気がしてならない。
一人馬車を降りたノアの背中を思い出し、少しだけ心が痛んだ。
「イヴ姉さん」
「……何」
私はできるだけ優しい声で返事をする。
「その花、姉さんにあげるよ」
「はい?」
「プレゼントさ」
だが、ノアは反省した数秒前の私の思考を後悔させる言葉を投げかけてくる。
「姉さん、花好きでしょ?」
「……証拠隠滅するって約束したのに、処分しなくていいのかしら?」
毒草をプレゼントしてくるなんて、という抗議の代わりに、私は少し嫌味っぽくそう返す。
「約束したけど、守る義理はないし、例え捕まっても自業自得だよ」
(自分から手伝っておいて……)
結局、彼は酷く薄情な人間であり、尚且つただ自分の悦楽を目的に動いているだけなのだと、私は思い知る。
ノアは思考から行動まで、私の想像を遥かに超えて常軌を逸している。
「でも、誰がどんな推理をしたって、根源である毒草がディオクロイス家の中にあるだなんて、万に一つも思わないさ」
「それは......そうね」
「そうそう。それに、綺麗でしょ?」
「そうだけれど……」
「花に罪は、無いでしょ?」
ノアは私に目いっぱい顔を近付けると、その視線を花へと落とし、上品な手つきで、花弁を撫でるようにつついたのだった。
彼は何を思ってこの事件に関わりを持ったのか。
どんな思いで今日までそれを私に黙っていたのか。
いくら考えても答えは見えない。
常人の考えで彼の頭の中を読もうなどと言う試み自体が、そもそもの間違いであったと気付かされた。
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