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「分かり合えないと残念がってるところ悪いんだけどね」
(残念がってなんかないわよ)
「そろそろ、僕のお披露目会を開くつもりなんだ」
「お披露目会?」
「そう。僕がディオクロイス家当主として君臨したことを、大々的に発表しようと思うんだ」
その言葉に、心臓がどくりと鼓動を打った。
押し込めていた不安が、再び呼び覚まされる。
「十数年ぶりに、舞踏会を開こう。このディオクロイス邸で」
満面の笑みで、ノアは両手を広げて言った。
「……そう、ね……」
ディオクロイス公爵家の当主という立場を、重荷に感じなかった日などなかった。
機会があるなら、それが許されるなら、堅苦しい決まり事や強すぎる権力なんて全て投げ捨てて、何もかも忘れて、自由に好きなことをして生きていきたいと、そう思う事だってあった。
でも、自分の与えられた地位を疎ましく思う反面、それを望んで手放したとしても、人から見下されるような生活はしたくはない。
そんな我儘で自分勝手な考えが、ノアに出会ってから止まらない。
「イヴ姉さん」
ノアは再びソファーへと腰を掛け、まるでペットでも呼ぶかのように手招きをする。
「何?」
私は、敢えてその場を動かずに返事をした。
「僕を止めるなら、今の内だよ?」
なんとも不気味に、そして妖艶に微笑んで、ノアは自分の膝に頬杖を突いた。
「……止める?」
その姿に、私の心臓は早鐘を打つ。
全てを見透かすような……いや、明らかに見透かしてるその瞳に、私の心が平常を失いかける。
「答えを聞かせてよ、姉さん。僕にどうしてほしい?」
「……」
"答えは、この事件が解決したら聞くことにするから"
記憶に新しいノアの台詞が脳内に響く。
どうしてほしいか?
そんなこと決まっている。
息の詰まるようなこの役割を、私の代わりにこなしてほしい。
重たい責任を常に背負わされている私を解放してほしい。
ディオクロイス家当主として、この街を統治してほしい。
でも、追い出さないでほしい。
私を、尊敬すべき姉として扱ってほしい。
けれどもそんな、自分勝手で無責任なこと、言えるわけがない。
散々、ノアの無責任な発言に腹を立て、その思考を蔑んできたのだから。
「安心してよ。僕は、姉さんと共に生きていきたいんだ。追い出すなんて、とんでもないよ」
だけど、私がそんな葛藤を抱えている事はノアには当然のごとく筒抜けであり、そして、彼にとっては心底どうだっていい事なのだろう。
「僕は、姉さんが苦しんでいるところを見たくない」
ノアは急に真面目な顔をして、真っ直ぐに私を見つめてきた。
その声と瞳からは、馬鹿にするような軽い気持ちも、貶めてやろうとする邪な思いも感じ取れない。
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