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* * *
「でね、喋ったんだから。挨拶以外の言葉! メロンパンが甘いんだって!」
カタギリとシュウを道端で捕まえて、アリサは興奮気味に先ほどの出来事を語った。
カタギリは「ほう」と一応反応して見せてくれたものの、シュウは苦り切った顔で黙っている。あの影が一言も喋らなくなったんだ、と報告した方が喜ぶかもしれない。
「はしゃぐなよ、そんなことで」
「だって、新しいことが起きたんだもん。嬉しいよ」
「壊れたものからわかるものなんて何もないって、何度言わせるんだよ」
「決めつけるにはまだ早いよ」
揉める二人の間に「まあ、まあ」とカタギリが割って入る。
「こういう、害のない変化は歓迎するべきだ。前の街とこの街では、かなり違う部分があるってことは知れたわけだしな。出て来た甲斐はあった。収穫だ。俺も探索のやる気が出て来たよ。悪いことは何もない、そうだろ?」
カタギリが年長者らしく話をまとめた。シュウもそれ以上はつっかからず、唇を尖らせながら首をさすっている。
屋上での出来事が自分達の間にわだかまりを残して気まずくなってしまうのでは、という懸念もあったが、案外シュウは引きずっていないようなのでアリサも安心する。
これから二人は何をする予定なのかと尋ねてみると、シュウは日課の昼寝。カタギリはアイテム探しだと言う。カタギリはどういったルートを辿るか思案中なのだそうだ。この街は、何もない割にかなり広い。
「地図を作れたら、言うことなしなんだがな。紙とペンが手に入るかどうか……」
アリサはシュウに、店主へ会いに行かないかと誘ってみたが断られてしまった。カタギリもアリサに同調するものの興味がないというのが本音だろう。
けれどアリサは挫けない。そのうち二人をあっと驚かせるような情報を店主から引き出してみせる、と決意する。
そう思いたいだけかもしれないが、あの影は特別なものである気がするのだ。
「アイテム探し、私も手伝おうか?」
アリサはカタギリに声をかけた。
シュウを苦しめてしまうかもしれないが、自分は可能な限り、明るく振る舞おうと思う。それしかできないし、それが自分の役目だと思うから。
「俺は寝る」
シュウが背を向けた。
「寝てばっかりいて、身体がなまっても知らないよ。戦闘で苦労するようになるかもよ」
そんな忠告をしても、シュウには響かない。今のところシュウは戦闘において負け知らずであり、怠惰な生活を送ってもまだまだ勝てる自信があるのだろう。
「万が一身体がなまるなんてことがあったとしてだ。ワンパターンな攻撃しかしないザコ敵しか出てこないんだし、あんなのに負けるはずがないだろ」
「二人とも、ちょっと待て」
突然カタギリが片手を前に出して話を遮った。
彼の表情が見る間に険しくなり、緊張が伝染する。アリサは耳をそばだてた。
――何か、聞こえる。それも、だんだん近づいてくる。
バサ、バサ、と風を切るような重い音。
街では、建物が崩れる音以外の物音を聞くことは滅多にない。
しかもこれは明らかに崩壊の音とは異なり、自分の力で動いている何かが発しているものだった。
瞬時に頭の中で警鐘が鳴った。
逃げなければ。
後、数秒の猶予があれば、カタギリもそう指示しただろう。
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