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だが動くには遅すぎた。相手があまりに速かった、というのもある。
三人の頭上を巨大なものが横切り、地面の上を影が滑る。飛来したそれは翼を大きく羽ばたかせ、灰色の地面に降り立った。風圧で砂埃が舞い上がり、アリサは手で顔をかばわなければならなかった。
三人の前に立ちはだかったそれ――おそらく、敵、だろう。
黒く焦げたような体。ガサガサと乱れて曖昧な輪郭。
よく街の外で出くわす敵と似ていたが、今までエンカウントしてきたどの敵よりも巨大で、威圧感がある。
――プテラノドン、みたい。
アリサの中にある知識と照らし合わせると、一番近いものはその翼を持つ恐竜だった。恐竜の影絵、と言うべきか。
敵である証拠に、この場が戦闘フィールドとなり、カタギリとシュウの手に武器が自動で出現した。
カタギリもシュウも身構えてはいるが、明らかに平静さを失っていた。三人を動転させているのは相手の規格外な大きさだけが理由ではない。
カタギリが、木刀を握る手に力をこめる。
「馬鹿な……ここは街中だぞ……!」
そう、街中なのだ。
今まで街中に敵が出現して戦闘になったという経験は一度もなく、だから「あるわけがない」と思いこんでいた。
恐怖に縛られ、身動きがとれない。アリサの目は、巨大な敵に釘付けになっていた。
これまで戦闘になるといつも肝を冷やしていたが、今回の恐怖は桁違いだった。
バトルはターン制だ。素早さなどが関係しているのか、敵とのバトルはいつも味方のチームから攻撃が始まった。先制攻撃は決まってこちらからだし、向こうから攻撃を受けたとしてもダメージは微々たるもの。
ただし、今回はそうはならないだろう。
そしてアリサの予感は的中した。
先に動いたのは、敵の方だった。すうっと首を動かして攻撃対象に選んだのは、アリサだった。
目の前に巨体が迫り、翼が広げられる。視界を領する、黒い影。
アリサはただ目を見開いて、待つしかなかった。逃げ出す、というコマンドもない。ガードもできない。棒立ちで、受け入れるしかなかった。
ドン、という鈍い衝撃を受けて、体が傾く。
案外、いつもと同じだった。覚悟していたような痛みには襲われない。――だが。
何故か周りが緑色に点滅しているように見えた。
全身に燃えるような熱が一瞬駆けめぐった。その後それが、寒気に変わる。
視界がぐらりと回転し、立っていられなくなったアリサはまるで押さえつけられたみたいに膝をつき、地面へと倒れ伏す。
「アリサ!」
シュウの呼ぶ声が聞こえる。
横たわったまま、目だけ動かして様子をうかがってみた。シュウは歯を食いしばって動こうとするが、駆けつけることはできない。
アリサといえば、指一本も動かせずにいた。
戦闘不能の状態には、一度も陥った経験がない。今の一撃で体力が尽きたのかとも考えたが、そうではなさそうだ。体力はまだある、と思う。それなのに、動けない。
次に攻撃のターンが回ってきたのはカタギリだった。カタギリが木刀で、敵に突きをくらわせる。
敵が激しく翼をはためかせ、飛び上がった。上空攻撃を仕掛けるのかと思いきや、方向を変える。着地もしないで、どこかへと飛び去ってしまった。
去るのもあっという間で、羽ばたく音が小さくなっていく。相変わらず、かなりのスピードだ。
カタギリは唖然として敵を見送っていたが、戦闘フィールドの呪縛が解けたのを知ると、シュウと共にアリサに走り寄った。
「アリサ、どうした」
「体に……力が、入らないの」
助け起こされるが、自力で立ち上がれそうにない。体が鉛に変じたような、自分のものではないような感じがする。口すら上手くまわらないのだ。
「二人は……どう? 何とも……ない?」
「俺達はな。どこか痛むのか?」
「痛くはないの。でも、すごく……怠くて……」
急速に世界が遠ざかっていくのを感じた。
二人の仲間が案じ顔で、自分に声をかけているのはわかる。けれどそれも、わんわんという耳鳴りみたいにしか聞こえなくなってきた。
敵から攻撃を受けた時のことを思い出して、アリサは苦笑を浮かべそうになった。
心底怖かったのだ。ああ、もうダメだ、と絶望した。迫りくるのは「終わり」だった。
死は救いかもしれない、死ねなかったらどうしよう、と日頃あれだけ悩んでいたというのに、いざ目の前にすれば、心は「死にたくない」と叫んでいたのだから情けなくて笑ってしまう。
「怖かっ……たね。みんな無事で……よかった……」
シュウに抱えられながら、アリサは意識を失った。
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