5、灰色の中の雑音

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「イベントじゃないだろうか」  カタギリの仮定に、シュウは微かに眉をしかめた。  二人して黙りこんでいる間、カタギリも先ほどの出来事についてあれこれ考えていたのだ。どうせ真実は捕まえられないが、数少ない情報から自分なりに想像して頭の中を整理しておかなければ、動きようがない。 「経験からいって、街中に敵が出現したことはないし、おそらくそれは『そのように設定されている』んだ。この世界は、まるっきり、全てがしっちゃかめっちゃかになっているわけではない。ルールの名残りはあるだろう」 「あの敵だけがいかれてて、ルールを破ったかもしれない」 「もちろんそれも否定できないが、俺が引っかかっているのは、アイツがこっちに一撃しか食らわせないで飛び去ったところだよ。街に敵が飛んできて、誰かを攻撃し、毒で倒す。そして戦闘を離脱して去っていく。そういう一つのイベントが発生した、と考えるのはどうだ?」 「イベントって……どういう意味があるイベントなんだよ」 「それはわからない」  大体このゲームが何を目的としたゲームで、どのような世界観なのかも不明なままだ。ビル群や武器の形、アイテムの種類からして、ファンタジー要素は薄いもののようではあるが。 「だが、イベントだとしたら助かるルートがある可能性が高いだろう」  シュウは返事をしなかった。物思いに耽る表情は、冷たく凍りついている。  ひとまずカタギリはアイテム屋から回復アイテムを入手して戻ってきた。アリサの口元にりんごを近づけてみたが、消えない。この状態だと回復は見込めないらしかった。  ますます良くない状況だ。こんな時、ステータスの確認ができないのがもどかしかった。 「シュウ。俺はその辺を探索してくる。アリサの状態を良くする手がかりが得られるかもしれないからな。アリサのことを見ててくれ」  アリサをシュウに任せて、カタギリは外へと出た。  といっても特にあてはなく、全ては憶測でしかない。じっとアリサの回復を待つよりは、しらみ潰しにあちこち歩いてアイテムをさがす方がまだましに思えたから動くまでだった。  イベントだとすれば、ストーリーを進行させるためのアイテムか何かがあるはずなのだ。  街の端から順に、建物の隅々まで調べ回る。はっきりいって、気の遠くなるような作業だった。  しかも全く成果がない。マットレスや毛布が見つかったのは実に珍しいことだったのだ。  それでもカタギリは、灰色の街を黙々と歩き続けた。  どのビルも骸だった。地面に突き刺さる骨の間をさまようようなものだ。  慰めは一つもない。途方もない静けさが世界を圧している。静けさがのしかかり、だからどれも身動きが取れないで倒れたままだ。  また新たなビルの最上階にのぼったカタギリは、足を止めて窓の外を眺めた。  そこには、壮観な死が広がっている。ずっとこうして見入っていると、飲みこまれてしまいそうだ。  この死の一部になることは、忌むべきことなのか、そうでないのか。わからない――。  じゃり、というざらついた足音が聞こえて思考が中断された。後ろには、いつやってきたものかシュウが立っている。 「アリサは?」 「ずっと見てたって変わらないだろ。あの化け物があいつのとこに戻ってくるってのも考えにくい。だったら手がかりを二人でさがした方がいいと思ってさ」  確かに、アリサのそばにいてもしてやれることがないなら、歯がゆいだけかもしれない。酷な役目を少年に押しつけてしまっていた、とカタギリは今更思い至った。  ひとまず、自分が探し歩いた場所とこれから回る予定のルートをシュウに伝える。シュウには逆方向から回ってもらうように頼んだ。  じゃあ、とシュウは愛想なく言って去っていった。  一日中、夜っぴて歩いたものの収穫はなかった。  街は広く、隅々まで見て回れば次の建物に移るまで相当な時間がかかる。シュウと行き合うまでに何日要するか。  回った建物は目印として瓦礫の欠片を、目につくように並べておく。  その作業をしながらカタギリは、はたしてアリサはあとどれくらいもつだろうか、と考えた。  これまで二度様子をうかがいに行ったが、良くも悪くも変化はない。街を探し終わるまでの数日間、彼女が持ちこたえるかが問題だった。その上、無事だったとしても状況を好転させるに至るものを発見できるとは限らなかった。事態は極めて厳しく、八方塞がりだ。  時間だけはたっぷりある、という生活を過ごしていたのに、ここへ来て突然の制限だ。逼迫感に息が詰まりそうだった。  限られた時間の中で効率的に動き、最善の結果を得るにはどうしたら良いか。
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