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この世界で目を覚ました後、カタギリはどうにか状況を理解しようとした。だが、出来たことといえば、全てを放擲して、諦めたことだけだった。
真面目に向き合えば徒労に終わる。磨耗しないために、何かを見ているようで何も見ないよう徹した。
何一つわかりっこない、ということしかわからないのだ。
名前以外、自分が何者なのか思い出せなかった。
一般常識だとか固有名詞だとか、そういうものは知っていても、付随するはずの自分の記憶らしいものが頭の中にない。
絶望というよりは戸惑いが勝った。記憶がないせいで自己というものが希薄になり、ショックも小さかったのかもしれない。
しかし根拠はないが、己は最初からゲームのキャラクターだったわけではなく、元は生身の人間で、ここに閉じこめられたのだろうと思っていた。
この諦めの良さはどこかで培われたもののような気がしてならない。社会というものに属し、現実を受け入れることを慣れさせられた男。それが自分だ。
どうしてこれはああなんだろう、こうなんだろう。そう憤ることすら忘れてしまった大人。理不尽に対して無関心でいなければ生きていけなかった。
だからここでも、カタギリは諦めたのだ。気取られないよう注意はしたが。
シュウの無気力さは健全な絶望と怒りから生まれたヴェールだった。一方でカタギリを支配しているのは発達した諦観だ。
希望がないのに、あるふりをした。習慣に基づいて、社会的に推奨される言葉を並べた。オトナだから。
シュウが欲しがったのは、そんなものではなかったのに。
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