1、壊れた世界

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「じゃあ、夜も明けたことだし、そろそろ街に戻るか」  そう言ってカタギリが腰を上げた。  振り返れば、朽ちて崩れかけた建物群がそこにある。色褪せて、壁が崩れたビルディング。あれだって、かつては立派だったのか、初めから壊れていたのかわからないのだ。  死んだ街路を通り過ぎるのは乾いた風だけで、居心地は良くない。だから三人は夜になると街を出て、空の下で休む。屋根や壁があったところで、まるで落ち着かない。むなしさを増幅させないために、アリサ達は毎晩好んで野宿をしていた。  街へと足を向け、いくらか歩いた時だった。気配を感じて、三人は足を止める。 「敵だな」  カタギリが左、アリサが真ん中、シュウがその右に立つ。戦闘フィールドとなったので、この戦闘が終わるまで自由は利かなくなる。  三人の前方の景色の一部が揺らぎ、そこに黒い「何か」が出現する。手足に胴、頭があって、シルエットは人型なのだが人とは言い難い。輪郭がガサガサしていて、常にブレて見える。これが「敵」だ。  攻撃のターンは順番に回ってくる。  いつの間にか手にしていた鉄パイプを振りかぶり、シュウが敵に迫った。攻撃はヒットする。  次はカタギリ。彼が持っているのは木刀で、シュウと同じように敵を殴る。  次に動いたのは敵だった。ひょいっと跳んでアリサの前に着地し、至近距離で向かい合ったアリサは、慣れたこととはいえ、また胸の内がひやりとした。  敵は手を振り上げて、無造作に、何の感慨もなさそうにありさをぶつ。アリサの上体が少し傾いだ。 「大丈夫か、アリサ」 「うん」  アリサはカタギリに返事をする。  今のダメージは3くらいかな、と頭の中で勘定した。  意志とは無関係によろめくアクションがあるのだが、痛みは全く感じない。それは結構、ありがたかった。  避けることもできずにもやもやとした怪物に叩かれ、相当な痛みを伴うとすれば、一回一回の戦闘にどれほどの恐怖を覚えただろう。  次はアリサのターンだった。ブレザーのポケットに手をつっこむと、いつものように無限石ころがあった。アリサはこれを投げつけて攻撃をするのである。  アリサの石ころはミスすることなく当たったが、まだ敵は倒れない。続いてシュウが鉄パイプで攻撃し、やっと敵はかき消えて、戦闘からは解放された。 「どこも痛まないだろうな」  戦闘終了と同時に武器も手から消えている。カタギリが眉をひそめてアリサの顔をのぞきこんだ。アリサは吹き出す。 「平気だってば。カタギリさん、いつものことじゃない。怪我なんてしないよ」  だが、カタギリは笑わない。 「こんな世界だ。何がどうなるかわからない」  毎日繰り返されているものが、ある日突然変わってしまうかもしれない。それは期待するところでもあったし、何より恐ろしくもあった。  死、という文字が頭を過ぎる。今や死という存在は、怯えるべきものか求めるべきものか、悩みどころである。ただ、そんな話題を口に出すのは気が引けるから、アリサは二人と死というものについてほとんど語り合った試しがない。  シュウは戦闘が終わると、名残惜しげに自分の両手を見下ろしていた。また鉄パイプを取り出そうか考えているのだろう。きっとあの子は始終、鉄パイプを引きずって歩きたいのだ。そして気に入らないものがあれば、片っ端から破壊したいに違いない。そういう年頃なのだ。 「ねえ、シュウ。ちょっと私のほっぺた、つねってみてくれない?」  シュウは訝しげに眉をひそめる。 「なんだよ。今更、夢かどうか確かめたいとか言うんじゃないだろうな」 「なんでもいいじゃん。ちょっと、つねってってば」  呆れた顔つきで、シュウはアリサの頬をつねった。  感触はある。指で挟まれる圧迫感。遠くの方に感じるこれは、はたして痛みなのだろうか。  幼いながら整った顔で、シュウはアリサを見つめ、手を離す。 「痛かったか?」 「よくわかんない」 「じゃ、夢かもな」  小馬鹿にしたように鼻で笑うと、シュウは離れていった。アリサはつねられたばかりの頬を押さえながら、もう一つシュウに頼んでみようかと悩み、やめておくことにした。  ――首を、しめてみて。  冗談にしても悪質すぎるから、思いとどまったわけではない。  シュウが応じて、首をしめられたとする。その時もしも、さほど苦しくなかったとしたら。  それが怖かったのだ。確かめる勇気がない。  死というものが、手をのばせば届くほど近くにあると信じたかった。それにすがるほど事態は切迫していないにしろ、離脱の権利まで取り上げられているとしたらやるせない。  こちらを見ているカタギリと、目が合った。  アリサは無意識の内に己の首に手をやっていて、そんなアリサの胸中を見透かすように、カタギリは目を光らせた。  カタギリさんは私達より大人だから、いろんなことがわかってしまうのかもしれない。そうだとすれば、気の毒だ。  三人は今日も、希望のない街へと引き上げていく。
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