2、次の街へ

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「街だな」 「ああ」  カタギリの声もシュウの声も、ほとんど感情がこもっていなかった。もう、たくさんの感情が、三人から揮発して消えていってしまっているのかもしれない。  新しく発見した街も、昨日出発した街へ戻ってきたのかと疑うほどよく似ていた。灰色のビル群も、ひび割れたアスファルトも。 「手抜きだな。コピペじゃねーか」  街に入ったシュウは、軽蔑したように足下の小石を蹴飛ばした。全てが同じというわけではなく、ビルディングの配置は微妙に異なっている。  だが、ちょっと入れ替えただけ、という程度の差異でしかない。だからどこを見ても、見覚えがあるのだ。 「ちょっと探索してみようよ」  とアリサは二人を誘った。この既視感のある新しい街に、とどまるのか早々に出て行くのか、今後のことは見回ってから決めればいい。 「物好きな奴」  文句を言いつつもシュウはついてきた。  静けさも、乾いた風も、よく似ていて馴染み深い。こんな街があと、いくつあるのだろう。少なくとも三つはあるわけで、そうなると、それきりだとは考えにくい。 「何もないにしたって、ゲームの中なんだし、街ごとに特徴ある建物でも建ててくれてたらいいのにね」  アリサは歩きながら伸びをする。  ビル、ビル、ビルばかりだ。民家もショップもシアターもない。空箱の並んだ面白味のない街である。 「未だに、何のゲームかはわからないままだな」  辺りを見回しながらカタギリが言った。  確かに、せめてジャンルくらいは知れたらいいと思うが、答えはとうの昔に粉々になって吹き散らされてしまっただろう。  とある建物の中を調べてみると、新しいアイテムを発見することができた。二枚の灰色の毛布だ。多少埃をかぶっていたが、はたいて汚れを落とせば十分使えそうだった。 「やっぱり、ここに来て良かったね。良いもの手に入れちゃった」  喜ぶアリサを横目で見て、シュウは呆れ顔だ。 「毛布ごときが何の慰めになるんだよ」 「ここで初めて、まともな持ち物を手に入れたんじゃない。寝る時は、今までよりもっと快適になるよ。ただ横たわるだけより、毛布をかけた方が『寝てるっぽく』なるんだから」  理解しかねる、と眉根を寄せるシュウへ、カタギリは「道具は生活と心を豊かにするんだ」と笑った。  毛布の発見に浮かれるアリサへ一瞥を投げ、シュウは先頭を歩いていた。突然足を止める。その背中が緊張しているのが即座に伝わり、アリサと、しんがりを歩いていたカタギリも反応した。 「何か、動いてる」  カタギリは木刀をポケットから出して、シュウの横に並んだ。アリサも二人の背後から少しだけ顔をのぞかせる。  亀裂の入ったアスファルトの通りを、黒い影がゆっくりと移動していた。 「店主に、似てる……」  かろうじて人型はとどめているように見えた。そのガサガサとした人型の影は、近くの建物に入っていく。  前の街にいた武器屋の主人と似ていたが、あれは店から一歩も出なかったのだ。  この街と前の街はよく似ていたが、思いの外異なっている部分もあるのかもしれない。  短い話し合いの末、三人は影を追ってみることにした。  武器を出したシュウとカタギリが先を行き、アリサが追いかける。  ドアのない入り口をくぐった向こうは、狭くて薄暗い部屋だった。  見覚えのあるようなカウンターの奥に、先ほどの影と思われるものが佇んでいる。 「とすると、ここも武器屋か……」  カタギリが呟いた。  影は前の街の店主よりも欠損が激しい。輪郭はかなりブレているし、肩や腕の辺りは大きく抉れていた。  このような街には、こうした物を販売するキャラクターが配置されているのかもしれない。 「待てよ。どうもこいつは、武器屋じゃないみたいだぜ」  ぼうっと影を見つめていたアリサは、シュウの言葉で我に返る。カウンターに近づいていたシュウは、隅の方を顎で示した。  積まれていたのは、リンゴとメロンパンだ。そういえばこの影は、何かを運ぶような仕草をして歩いていたような気がする。 「アイテム屋か。もしかすると、商品の補充のために外をうろついているのかもしれないな」  カタギリの言葉に、当然ながら影の店主の反応はない。  リンゴやメロンパンといったアイテムは、街や、街の外に落ちている。アリサ達は時折このアイテムを拾って、戦闘で消耗した体力を回復していた。 「商品っつったって、金のやりとりをする相手もいないのに」  シュウはりんごの一つを手にとった。  かつてのシステムはどうだったか知らないが、敵を倒しても通貨らしきものは一度も入手してない。 「丁度いい。体力減ってるし、一つ貰う」  払う金もないから仕方がないが、シュウはそのままりんごを持って立ち去ろうとする。相手が喋らないのをいいことに、堂々と万引きをしていくような後ろめたさがあったが、状況が状況なのでアリサはシュウをたしなめられなかった。  シュウに続いて、カタギリとアリサも出て行こうとする。 「ザ……ザー……、ザザ、ザ、あり、あり……」  背後からかけられた声に、アリサは思わず足を止めた。寸の間、呼吸すら止まってしまった。 「あり……が……と……ザー、ザザ、ございいま……し……ザー、ザー」
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