11人が本棚に入れています
本棚に追加
頭目は、怒り狂っていた。
部下の盗賊どもの醜態ぶりは勿論のこと、無力で哀れな村人たちが息を吹き返して逆襲してきたことが彼の怒りを沸き立たせる。
しかし何よりも彼の怒りを沸き立たせるのは、ゼノンのことだ。
ゼノン――頭目が毛嫌いする、正義の味方気取り。
部下の盗賊20人をただ一人で相手をし、退けたことから多少の力はあるものとは思っていた。
しかし彼は総勢100名近くになる手勢の前では無力だと思っていたし、他の盗賊どもだってそう思っていただろう。
事実他の盗賊どもも頭目のことを悪趣味だと思いつつも彼の復讐に乗ったあたり、彼らの考えが透けて見えるようであった。
しかしその結果は、これだ。
せっかく作り上げた愉悦の舞台をただ一人の力によってまるごとひっくり返され、彼が苦心して作り上げた盗賊団は今や崩壊の最中にあった。
だが頭目は、未だ諦めてはいなかった。
「逃げるなあ!! 逃げた奴は、俺がこの手で殺してやる!!」
絶叫する頭目。
赤ら顔を怒りでどす黒く染めた彼は、目につくもの全てを斧で打ち壊し、逃げようとする部下の頭に斧の一撃を見舞う。
「俺に殺されたくねえだろう!? まだまだ良い思いをしたいだろう!? だったら逃げるんじゃねえ!! 踏みとどまって、戦い続けんだよ!! それしかてめえらに選べる道はねえんだ!!」
ずかずかと村の中を歩き、だみ声と恐怖をまき散らす彼は、先のゼノンのように今度は盗賊どもの士気を盛り返すべく叫び続ける。
「だいたい、何を怯えてんだ!! いくら強いとは言え、たった一人にここまで追い詰められるとかありえねえ――」
「……貴様が、頭目か」
そこに。
静かな声が、割り込んだ。
急いで声のした方向に振り向く頭目。そこには馬に乗った旅装の男、ゼノンがおり、頭目を馬上から見下ろしていた。
頭目は、一目見ただけで気づく。この男こそ、彼の盗賊団を一人で崩壊させた張本人なのだと。
そして同時に、部下どもが話していたこの男の強さ、あれは本当だったのだということにも気づく――いや、気づかされてしまう。それ程に、今のゼノンから発せられる気配は尋常ではなかった。
「貴様と話す舌は、既に無い」
ゆっくりと馬から下り、剣を構える。それだけで空気が軋むかのような、凄まじい圧が放たれた。
「死ね――貴様は、ただただ死ね」
そして放たれる、裁きの言葉。
淡々とした口調ながら、その声に宿る怒りは底知れぬものであり、頭目の体を縮こませる。
言い返そうと彼は口を開く。しかし、声が出てこない。ゼノンの圧にただただ圧倒され、彼の体は震えるばかりだ。
金縛りに遭ったかのような体をどうにかして動かし、周囲に視線を向ける。すると周りには、逃げ損ねたらしい彼の部下が10人程、彼と同じように震えていた。
咄嗟に、頭目は叫ぶ。
「――殺せ!! そいつを、殺せーーーーーーーーーー!!!!」
持てる力の全てを込めた叫びは震えていた盗賊どもを動かし――といっても、彼への恐怖が蘇ったためというものであったが――彼らは、喚き散らしながら武器を振り回し、一斉にゼノンへ突撃する。
対して、ゼノン。
ゆっくりとした歩みで頭目との距離を縮めていた彼は、しかし、盗賊どもの突撃にも足並みを変えることはなかった。
そして、閃く剣閃。
無造作に振るった横薙ぎに、2つの首が飛ぶ。
続けて、二閃目。
足を踏ん張って力を溜め、剛剣が振るわれる。3人の盗賊の上半身を切り飛ばされた。
三閃目。
大振りの隙を突こうとした4人の盗賊。しかしその狙いは見透かされており、剛剣の反動を生かした回転切りが放たれ、先の盗賊と同じ運命を辿る。
四閃目。
何の策も無く向かってきた盗賊の首が、やはり無造作に振るった一撃であっさりと宙に舞った。
10人が瞬く間に殺され、頭目は呆然とする。口からは恐怖のせいで、「あ……あ……」という、無意味なうめきしか出てこない。
そうしている間にもゼノンは歩みを進め、いつの間にか頭目の前にまで来る。そこで彼は、ようやく我に返った。
「ま、待ってくれ!! 頼む、殺さないで――」
見苦しい命乞いが言い終わる前に、ゼノンの剣が瞬く。
僅かな間を挟み、一つの首が、ごとりと地面に落ちた。
最初のコメントを投稿しよう!