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彼らの後押しを受けて、ゼノンに絡んでいる村人は更に言いつのる。
「なあ、ゼノン様。謙虚なのはいいことかもしれませんが、それでも時と場所ってものもあります。貴方は俺たちの恩人だ。そんな貴方がこうも乗ってくれないとなると、俺らも困っちまうんですよ」
「……そうかもしれんが……だが、これから冬も来るのだ」
村人の話を受けてゼノンは、しかし、それでも浮かない顔で言う。
「今年は余り作物がとれなかったという話も聞いた。このような場を設けてもらって何だが、それこそ貴方たち自身のために食べ物はとっておいた方が――」
「ああもう、なんで分かんねえんですかね!?」
ゼノンの言葉に苛立ったように、村人は声を大きくする。
「それでも俺たちはあんたに感謝したい、少しでも恩に報いたいって言ってんですよ!!」
「……!」
「さっきも言いましたが、俺たちはこれ以上ないってくらいあんたに感謝してんです! ずっと、ずっと辛かった――誰も助けてなんかくれなかったし、領主どもみてえな上の人間だって、俺らから搾り取ることしか頭になかった! そんな中で現れたあんたが、俺らにとってどれだけ眩しかったことか――」
激情に駆られた村人が言葉を重ねる中、その瞳には涙が滲むようになる。彼は瞳から溢れたそれを頬に垂らしながら、続けた。
「どれだけ――嬉しかったことか!!」
「……」
「冬のことだって分かってます! それに気づかねえ程、俺らだって馬鹿じゃねえ――今食料を減らしたら、いざって時に困るかもしれねえってことも! それでも俺たちは、あんたをもてなしてえって思ったんだ!!」
そこまで言った彼は、息を荒げながら涙を拭い、俯く。
「……すみません、興奮しちまった……でも、確かにゼノン様がどう思うかについては、考えてなかったかも……余計なこと、しちまったでしょうか……」
「いや」
呟くように言った村人に、ゼノンははっきりと言ってみせる。
「そんなことはない。というよりも、私の方が悪いことをしてしまったようだ。……貴方方の気遣いに思いが及ばないとは、私もまだまだだな……」
そう自嘲したゼノンは、ぐいとコップの酒を一気にあおった。
見事な飲みっぷりに村人たちが歓声を上げる。その声を背に受けつつゼノンは立ち上がり、酒壺をとってコップに酒を注いだ。
そして高く掲げつつ、言う。
「飲もう」
高らかな声で、
「思う存分に飲んで、食べよう。貴方方の思いは受け取った――私もこの宴を思う限りに楽しむ。貴方たちと共に」
大きくした声で、村人たちに呼びかける。それを聞いた村人達は、今度こそ盛大な歓声を上げ、ゼノンに押しかけるのだった。
その後の宴は、とても騒がしいものになった。
元々村中がお祭りのような様相を呈していたのだが、ゼノンが率先して宴に加わるとみるや、一目彼を見よう、或いは話そうという人間が彼の元に来るようになる。
そして彼と一言でも話すことができればその村人は有頂天になり、村の恩人と話せたことを自慢げに吹聴するのだった。
一方ゼノンも、宣言した通り――彼なりに、ではあるが――思う存分楽しんだ。
料理もよく食べ、酒もよく飲んだ。話しかけてくる村人がいれば絶対に無下には扱わず、それでいて惨禍の後ということもあって、強い言葉を使うようなこともしなかった。それどころか彼の方から村人達の催し、といっても大したものなくせいぜいが簡単な踊りを披露するくらいだったが、にも積極的に参加していった。
特に踊りについては、本職もかくやという見事なものを見せる。軽やかに舞い、或いは厳かな動きでステップを踏んでは見る者を驚かせたのだった。
しかしそんな彼も一つだけ、渋面を作る場面があった。
「あーーーはっはっはっは!!」
盛大に笑う村人たち。対してゼノンは、これでもかというくらいの仏頂面をしている。
「……そこまで笑うこともないだろうに」
「だ、だって、仕方ねえじゃねえですかい!」
村人の一人がゼノンを指さし、言う。
「よりによって、ゼノン様が――音痴だったなんて!!」
「…………………………」
これでもかという仏頂面が、これでもかというぶすくれた顔になった。
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