11人が本棚に入れています
本棚に追加
ぶすくれた顔のまま、ゼノンはぶつぶつという。
「……だから言ったのだ……私は歌は得意ではない、と。それなのに歌わせおって……事前に断りも入れたのだし、笑われる筋合いなどないではないか……」
完全にふてくされた様子のゼノン。
さすがに笑い過ぎたかと心配になった村人たちだが、ぶつぶつ言うだけの彼に安心したらしく、再度彼に話しかけた。
「いや、けどですよ? むしろ安心したってもんです」
「安心した?」
「だってゼノン様、すげえ強いしすげえ優しいじゃねえですか。加えて踊りだってこなしちまって。正直、できねえことなんかないんじゃねえかって思ったんですよ」
「……それは、さすがに買い被りすぎだ。私にもできないことはあるし、現に歌だって……ええい、腹立たしい! そうにやにやと笑うな!」
にやにや笑いを続ける村人たちに、ついにゼノンはぐいと酒を飲み干して立ち上がり、
「そうまで私に不得手と言ったことを強いた以上」
ふてくされた顔を引っ込めて、人の悪い笑みを浮かべる。ついでに目も据わっており、村人たちはすぐに「あ、これやり過ぎた」と悟ったことだろう。
「それ相応の覚悟はできていると見なしてよかろうな?」
「え、えーっと……ゼノン様?」
「そうとぼけた顔をしても無駄だ。私をああまで笑ってくれたなら」
ずかずかと村人の一人に詰め寄り、がっちりと肩を掴んで言った。
「お前たちにも、不得手なことをしてもらおう。私が味わった悔しい思いを、存分にお前たちに返してくれる!」
「器小せえ!?」
「ええい黙れ! 私にも我慢ができぬこと程度ある! さあまずはお前からだ!」
そう言ってゼノンの手で村人たちはかり出され、一人一人得意でないことを披露させられる羽目になったのであった。
……見ようによっては、趣味の悪い催しではあっただろう。
しかしそれをするのが村人全員であれば、皆がやってるということで負担に感じることも軽減できる。
何より、惨事があった後だ。
犠牲になった人、傷ついた人を悼む思いは生き残った村人全員にある。娯楽を楽しむなんて、ましてや宴を開くなんてという思いも、彼らの中には多少なりとも存在していただろう。
しかし今を生きる彼らは、これからも生きていかなければならない。
そういった辛さを慰めてくれる娯楽があって。それを村人全員で楽しめたのであれば、それはそれで、良いことであるはずだった。
踊りの下手な村人は踊りを披露させられ、足がもつれさせてすっ転んだ。
歌が下手な村人は歌を歌わされ、思いっきり笑ったゼノンが肩をどやしつけていた。
料理が下手な村人は料理をさせられ、焼き加減のおかしいパンを作ってしまって村人全員からダメ出しされた。
その後も本人は必死で、しかし周りから見ればおかしくて。
そんな風なことが、宴の中で続けられていく。
酒もたんまり飲んで気分を高揚させた村人たちは、些細なことでも笑い転げていた。
宴は、一日を通して続けられた。
しかし時間が過ぎれば過ぎるほど、普段できない程に料理を食らった村人たちは重くなった腹に耐えられずに宴から脱落していく。次第に酒も抜けていって、だんだんと村は普段の静かな姿を取り戻していった。
そんな中、一人動く影がある。
ゼノン。
道ばたで眠る村人たちやそこらで焚かれるかがり火に注意しつつ、彼は片手に酒壺を持ち、転がっていた椅子を起こしてそれに座った。
そして一人静かに、酒を飲む。その目には頬を緩めて眠ったり、或いは酔いでぐでんぐでんになっている村人たちが映っていた。
「……できないことがない、か……そうであれば、どれだけ良かったであろうにな……」
宴の最中に言われたことを、ゼノンは呟く。
「できないことがないなら、そもそも盗賊どもに、この村を襲わせることだって阻止できただろう。……いや。それを言うならこの戦乱が続く世とて、すぐに変えられるはずだ。それができぬ以上、できないことがないなどとは到底言えまい――なあ」
苦い顔のまま呟いていたゼノンは、
「御仁も、そう思うであろう?」
後ろを振り向かずに、言う。
そこには驚いた顔をしたシーランが立っていた。
最初のコメントを投稿しよう!