観測世界124334番<ミドルエイジス>:『天』の名の下に

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観測世界124334番<ミドルエイジス>:『天』の名の下に

 ドドドドドドド―――――――――――  蹄の音が、草原に響き渡る。  数百騎もの騎士が早駆けする音。物々しい甲冑に身を包んだ騎士たちは、脇目も振らずに駆け続けていた。  数十分も駆けただろうか。やがて先頭を走る騎士が、「抜刀!」と叫ぶ。  各々の騎士は腰に吊るした剣を抜き、前を見据える。そこにいたのは、同数もの騎士たち。その先には万にも上るであろう歩兵たちが、一進一退の攻防を繰り広げていた。  彼等騎士たちは、歩兵たちの援護に敵の側面に回り込もうとしていたのだ。しかしそれを察していた敵軍の騎士たちは先回りし、待ち構えていた。  そして敵の騎士たとを避けようにも、距離が近すぎる――戦いは、避けられない。 「突き進めェ!!」 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」  隊長である騎士が言い、配下の騎士が応えるように雄叫びを上げる。敵の騎士たちも同じように雄叫びを上げ、激突した。  草原に、干戈(かんか)の音が響き渡る。  ぐしゃりという鈍い音や馬のいななきが連続し、流れる血潮が地を染める。  戦いはいつ果てるともなく続き、幾日、幾年が過ぎようと、戦いはありとあらゆる場所で続けられるのだ。  ――三百年戦争。  ヘイムダール公国とダイムス皇国による戦いに、誰がこの名を付けたのかは知れぬ。しかしその名が示す通り、この戦争はそれ程に長く続けられていた。  ……そして。  戦争による被害を最も被るのは、勿論民草である。 「はあ、はあ……!」 「走れ! もっと速く走るんだ!!」  森の中に声が響く。先ほどの戦場から遠くないこの森は、普段の静寂とは無縁の場所となっていた。  森の中を進むのは、四人の一家。  遅れがちな妻を叱咤し、家長たる壮年の男性が彼女の手を引っ張る。二人の背には幼子が背負われていて、不安と恐怖で泣き声を上げていた。 「くそ! 頼む……頼むから、そう大声で喚かないでくれ……!」  息を切らしながら背負う息子に言う夫。背負う我が子を叱る気力もない妻は、自身の手を引っ張る彼の姿に励まされて必死に足を動かしている。  数時間程前、彼等一家の住む村が襲撃を受けた。それをしたのは、脱走兵の一団。  長年続く戦争によって兵や騎士のモラルは低下の一途を辿り、脱走する者が相次いでいた。そして彼らの多くは盗賊となり、各地で村や隊商を襲う。  この一家が住む村が襲撃を受けたのも、数ある悲劇の内の一つに過ぎないというわけだ。 「あう!?」  木の根に引っかかり、妻が転ぶ。幸い背負った子供はしっかりと固定してあったため無事で、すぐに夫が彼女を助け起こした。 「いたぞ!!」  しかしその出来事は、事態を致命的に悪化させた。盗賊どもの斥候が一家を見つけ、叫んだのだ。  続々と集まってくる盗賊たち。一家は慌てて駆け出すも、盗賊たちの方が足が速くどんどん追いついてくる。 「糞が、手間取らせやがって!」 「男は殺せ! 女は、まあ歳がちといっちゃいるが使こたねえだろ、生け捕りにしろ!!」 「ガキも忘れるな! ガキは女だろうが男だろうが、何にでも使からな!!」  盗賊たちがまき散らす口汚い罵りや下卑た声。それに夫は歯を食いしばる。  彼ら一家は、いや、彼らがいた村は貧しかった。  どれだけ作物を作ったとしても税として多くを取り立てられ、自分たちにはほとんど残らない。酷い時には兵士たちによって半ば無理矢理に持っていかれる時すらあった。  それでも――彼らは自らの責務を投げ出さず、盗賊共のように非道に走ることもせずに暮らしていた。  耐えて、耐えて、耐え続けて。その先に戦いが終わる時が来ると信じ、日々の苦しみを乗り越えて来たのだ。 「その結果が、これなのか……!?」  夫の口から、そんな言葉が転び出た。  盗賊に村を襲われ、追われる我が身と家族たち――なんのために生きて来たのか、これでは分からないと彼は零す。  やがて、一家は追い詰められた。  妻は夫にしがみつき、子供達は余りの恐怖に泣き喚くことすらできずに震えている。夫はなけなしの勇気を奮ってナイフを構える。しかしそれは剣や槍、斧で武装した盗賊共と比べて貧相なものでしかなかった。 「やっちまえ!!」  号令が下った。  盗賊どもが沸き立ち、武器を振りかざして一家に突っ込んで来る。  迫る死と理不尽に、夫は思う――どうしてこの世は、こんなにも残酷なのかと。  自分たちは何も悪い事などせず、自分たちにできることをして来た。それなのにどうしてこんな目に自分たちはあう? 日々の苦しみも、ただ奪われるためだけにあったというのか――  疑問と怒りがぐるぐると夫の中で回り、悔しさと哀しさで涙があふれる。ゆっくりと降り下ろされる剣を睨み据え、自らの死を覚悟し―― 「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!?」  突然の悲鳴が、森の中に響き渡った。  夫は自分が生きていることにまず驚き、次いで、両腕を斬られて悶絶している盗賊が目に入る。  ――そして。  そして。  次に目にしたものに、彼は目を見開く。  一人の男が、盗賊どもの前に立ちはだかっていた――
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