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戦いがあった場所から少し離れた所で、一家と男は焚き火をしていた。
既に辺りは暗くなっており、一家は火の近くに座って暖を取っている。その顔は今なお恐怖で歪んでいた。
一方男はというと、なるべく彼らを刺激しないようゆっくりとした動作で食事の準備をしている。
やがて準備が整い、男は一家に乾パンとスープを振る舞った。
特にスープにはそこらに生えている食用の植物と少しの香辛料、そして植物を採る際に捕まえた野兎の切り身が入っており、食欲をそそる匂いが立ち昇っていた。
ごくりと生唾を飲み込む一家。着の身着のまま村から逃げてきて、碌に食べてもいなかった腹にこれはきつかったことだろう。
視線で一家が食べていいかと聞くと、男は微笑みながら頷いた。
途端、一斉にそれらを一家は貪り始める。
物凄い勢いでパンを口に放り込み、スープを啜る彼らの目から大粒の涙が零れ落ちる。その様子は、どれ程彼らが心身共に疲れ果てていたのかを如実に物語っていた。そしてそれを男は、自身もスプーンを動かしつつ、慈愛と悲哀に満ちた目で見つめている。
食事を終えるとようやく人心地がついたのか、恥ずかし気な様子で彼らは頭を下げた。
妻がおずおずと「ありがとう……ございます……」と言う。
「助けてもらった上に、食事まで振る舞ってもらって……」
「気にしないで良い。私がしたいからしたまでのこと――それでそう縮こまられては、私の方が困る」
「ですが……」
「それより、御仁」
男は強引に話を打ち切り、夫に声をかける。
「貴方方はなぜここに? 貴方方は恐らく近くの村の人間だと思うが、ここらは森の奥深く。私のような根無し草でもなければそう立ち寄るような場所ではないはずだ。それに、盗賊どもに追われていたことも気にかかる」
「そのことですか。実は……」
夫は今までのことを説明する。それに耳を傾けていた男だが、話が終わると深い溜息と共に「そうか」と言い、次いで頭を下げた。
「すまない、辛いことを聞いてしまった」
「い、いえ。大丈夫……とは、正直言えませんが……でも、貴方が頭を下げることじゃありません。それに俺達は貴方に助けられただけマシでしょう。散り散りに逃げてはいましたが、他の村人だってどれだけ生きているか……」
そう言う夫は、頭を抱えた。
人心地がついたせいか自分達を取り巻く現状も認識してしまった彼は、途方に暮れた様子で呟く。
「本当に……これから、どうすればいいんだか……」
「……そのことだが」
男は少し思案し、言う。
「一度、村に戻ってみてはどうだろうか」
「え? 村に、ですか!?」
「そうだ。これからのこともあるし、使えるものがあったら回収しておくべきだろう。他の村人だって、無事に逃げた者が戻ってきているかもしれない。もちろんこれらの全ては可能性の話でしかないが、確認もせずにいるよりは良いと思う」
「な、なるほど……」
「それとも、貴方方には他に頼れる者がいるのか? であれば、そちらを優先しても良いと思うが」
「……そんな人、いやしません。俺の一族は皆あの村にいましたし、友人と呼べる奴だってあの村の人間です。他に行く当てなんて、一つもないんです」
「ならば、尚更行くべきだ」
声を強くし、男は言う。
「このまま村を離れれば、それこそ未練になる。辛い事実が待っているかもしれないが、それでも確かめずにいるよりは良いと思う」
「し、しかし……盗賊どもがまだいるかも……」
「それなら心配いらない。私が付いて行くからな」
「え!?」
「私の強さは見ただろう? あのような連中がいくら襲ってきた所で私は負けないし、貴方方を危険に晒すつもりもない。私が先に村の様子を見てきて、危険と分かれば引き返せば良いのだからな」
「それは、そうかもしれませんが……でもなんで、なんで貴方はそこまでしてくれるんです!?」
驚きと困惑に満ちた声で、夫は男に聞く。
「自分を危険に晒してまで俺達を助けたり、食べ物を恵んでくれたり、果ては用心棒みたいなことまで――俺たちと貴方は、何の縁もないでしょう!? それなのに、なんでそこまで――」
「私がそうすべきと思ったからだ」
夫の声を、断固とした声が遮った。
「それ以上でも以下でもない――私は私の心に従って行動するし、それでどのような結果になったとしても受け入れるまで。貴方方を助けるのも、ただ私の心がそれをせよと言うからだ」
淡々と、しかし断固とした響きはそのままに、男は言う。
その声には何をしてでも動かせない強固な意志が宿っており、その意志の強さに夫は背筋に震えが走るのを感じていた。
恐ろしさに黙ってしまった夫。そんな彼に男は笑みを零し、「とはいえ」と続ける。
「それも、貴方方の迷惑にならなければの話。どうだろう、私がついていくのを許してもらえるだろうか」
「そ、れは、もちろん……そうしてもらうに、越したことはありませんが……」
「ならば良かった」
嬉しそうに男は顔を綻ばせる。それを見た夫はようやく息を吐き、体の力を抜くことができた。
しかし彼には、どうしても気になることがあった。
「貴方は一体――何者なんです?」
食事の後片付けを始めた男の背に向かい、問う。
「強さといいその意志といい、普通の人間とはとても思えない……貴方は……一体、何なんですか?」
「私の名はゼノン」
その問いに男、ゼノンは簡潔に答え、
「ただの旅人だ。……今はまだ、な」
意味ありげにそう続け、締めくくった。
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