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それを聞いたシーランは、まずその場にいる者たちに、
「村の皆に伝えてください!」
と声を張り上げる。
「すぐに逃げる準備を! 一刻も早く!!」
「わ、分かった! しかしシーラン、お前はどうする!?」
「俺は」
一度、言うのを躊躇するシーラン。しかし彼はかぶりを振って恐れを振り払い、知らせに来た村人の隣に立って言った。
「こいつと一緒に、盗賊が出たという場所に行きます! こいつが見た奴以外にも盗賊が来てるかもしれない――それを、確かめないと」
「危険だ! そんなことなどせず、お前たちも逃げた方がいい!」
村長がシーランを引き留める。
「お前にもしものことがあったらお前の妻は、子供はどうなる!?」
「そいつらのためにも、俺は行くんです! もし一刻(約30分)、俺かこいつが戻らなかったらそのまま逃げて構いません――おい!」
シーランは、知らせに来た村人の肩を叩く。そんな彼に村人は苦笑した。
「俺を巻き込むなと言いてえが……まあ、確認は必要だわな。いくぞ!」
「ああ!」
二人は、揃って駆け出す。後ろから村長らの「戻ってこい!」という声が聞こえたが、彼らは振り向かなかった。
しばらく走った後、並走する村人が盗賊を見かけた時の状況を説明する。
「襲撃があったばかりということもあって、村の周辺を歩いて見張りをしてたんだ。それで南の森の近くに来た時、森の中で何かが動く気配がして見に行ったら――」
「盗賊だったのか。襲わなかったのか?」
「もちろん襲われたよ。でも必死になって逃げてたらお前が連れて来た旅人、ゼノンっていうお名前だったか、あの方が駆けつけてくれて追っ払ってくれたんだ」
「あの人が……」
「俺に村の皆に知らせに行けって言ってくれたのも、ゼノン様なんだ。今はゼノン様が、逃げた盗賊の後を追ってる。……なあ、シーラン……あの人、一体何者なんだ?」
並走する村人が、怪訝な表情で聞いてくる。
「ただの旅人って話だったが、滅茶苦茶な強さといい存在感といい、とてもじゃねえが旅人って雰囲気じゃねえ。村に来た時だってすげえ目立ってたし、お忍びの騎士とか名の知れてない武芸者とか、そういうのだと言われた方がまだ納得できるぞ」
「……俺だって、知らないさ。そもそもそんな素性なんて、人に話すようなことでもないだろ」
「それも、そうか……しかし、そうだとしたら尚更気になるぞ。まだ二十歳かそこらの若さだってのに、一体どういう経験を積んだらああなれるんだか」
「……」
村人の言葉に、シーランの眉がぴくりと動く。彼は今、二十歳かそこらの若さと言った。少なくとも彼には、そういう風にゼノンが見えているのだろう。
しかし、シーランは違う。彼には、四十路近くの壮年の男にゼノンが見えていた。
それに別の村人がゼノンについて話しているのを横耳にはさんだ時、その時は髭を生やした老齢の男に見えているように聞こえたのだ。
見る者によって、見える姿が違う。それだけでも奇怪なことではある。
だがその癖、それらを聞いた後で彼を見ると、聞いた全ての姿が重なって見えてしまう――違和感など欠片もなく、それら全ての姿がゼノンという男に当てはまるように思えてしまうのだ。
「一体何なんだ、あの人は……」
恐れにも似た思いがシーランの胸に湧き上がり、呟く。
この奇怪な現象といい普段の言動といい、あの夢想の極みとしか言えぬような願いといい、少なくとも常人とはかけ離れた存在にシーランは思える。
だからと言って悪人かと言われれば、盗賊どもに見せた苛烈さはあれど、絶対に違うとシーランには思えた。むしろなんの見返りもなく自分達一家を助けてくれたことといい、村のことにまで首を突っ込んでいることといい――
「……善人で、あり過ぎるのか……?」
シーランの口からそんな呟きが零れ落ち、彼ははっとしたように口を押える。
隣で走る村人が首を傾げ、「どうした?」と聞いてきた。
「なんでいきなり、口なんて押えてんだ?」
「い、いや、何でもない……何でもないんだ……」
……言えるはずがない。
自分で言ったことが余りにも得体の知れないものであったために、それに恐怖したなどと。そして同時に、恩人に対して抱くような思いではないとシーランには思えたから、彼は口を押えたのだった。
「ん……? 今何か、聞こえなかったか?」
と、そこで並走する村人がそんなことを言った。
二人は立ち止まり、耳を澄ます。すると、
「……聞こえる。確かに聞こえるけど、これは……!」
「金属音!? しかも、鳴る間隔が短い!」
顔を見合わせ、彼らは音の鳴る方へ駆けだす。
走る内、どんどん音が大きくなってくる。同時に怒号や悲鳴のような声も響くようになり、血の匂いも漂ってきた。
やがて、森の中でも開けた所に出る。そこで二人が見たものは、辺り一面に転がる死体と主を失って狼狽える数匹の馬。
「た……頼む、殺さないでくれえ!!」
そして。
ゼノンに追い詰められ、命乞いをする盗賊の姿だった。
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