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「な、なあ頼むよ! もうこれからは、盗賊なんて止める! 真っ当に働くから、た、頼む! 殺さないで!!」
地面にへたりこみ、首に刃をひたりと押し当てられた盗賊。
その顔は彼の前に立つゼノンへの恐れによって醜く引き歪み、涙や鼻水でぐしゃぐしゃになっている。
「勘違いするな」
しかしゼノンはというと、盗賊の様子などまったく気にしてはいなかった。
盗賊の首に刃を押しつけた彼は、
「お前を生かしているのは、そんな命乞いを聞くためなどではない。お前たちの企みを聞かせてもらうためだ」
一片の情も宿らぬ冷たい声で、そう切り捨てる。心胆を寒からしめる冷たさに、盗賊の顔が引きつった。
「た、企みなんて俺たちは……!」
「10人足らずという中途半端な数で村の近くに現れたのは、もう一度村を襲うための偵察か? 或いは、私が森で逃がした盗賊ども。彼奴らから私のことでも聞き、復讐しようとでもしたか?」
「ッ!?」
ゼノンの推測に、盗賊の表情が固まる。それを見たゼノンはフンと鼻を鳴らし、裁きを下すかのように言い放った。
「図星か。となるとお前たちの役割は、私がいることを確かめる斥候とでもいったところか――それが知れたならば、お前を生かしておく必要はもうないな」
刃を盗賊の首から離し、振り上げる。
それを見た盗賊は半狂乱になり、頭を地面に叩きつけて「頼む、頼むから!! 命だけは、助けてくれ!!」と絶叫した。
「もう誤魔化しなんてしない!! 俺が知ってる全てを話すし、盗賊だって必ず足を洗う!! だから、命だけは――命だけは助けてくれ! お願いだ!!」
「ならば早く話すがいい。ただし、今度嘘偽りを口にした場合は――」
「わ、分かってる!」
ゼノンの脅しに何度も盗賊は頷き、話し始めた。
「あんたがさっき言ってた、あんたへの復讐……それのために俺たちが遣わされたってのはその通りだし、あんたがいるのを確認しろっていうのもあんたが考えてる通りだよ。けどそれ以外に、もしあんたがいた時は、その……やれって言われてたこともあって……」
「それ以外、だと?」
ぴくりと、ゼノンの眉が跳ねる。
その仕草に盗賊は震え上がり、ゼノンはと言うと、その言葉に何か不吉なものを感じ取ったのか、語気を強めて盗賊に詰め寄った。
「言え! 貴様らは何を企んでいる!!」
「だ、だから……あんたがいたら、森の方におびき出せって言われたんだ! その間に本隊が、村を襲撃するっていう手筈で!!」
「な……!?」
盗賊の叫びに、シーランと村人が驚愕の声を上げる。
「どういうことだ!? なんでそこで、俺たちの村が出てくる!?」
「俺だって知らねえよ! けど頭は、『そんなに村の連中を気に掛けるなら、もっと痛めつけてやればさぞいい顔をしてくれるだろうなあ』とか言ってやがったんだ! それで俺たちは――」
「貴様らの事情などどうでもいい!!」
ゼノンの口から獅子吼が迸り、喚く盗賊を黙らせた。
「いつだ!? その襲撃は、いつ実行される!!」
「お、俺たちを見捨てて逃げやがった奴がいた……そいつがもし無事に本隊に辿り着いてたとしたら、たぶんもうそろそろ……」
その言葉の直後。村の方から、火の手が上がり始めた。
唇をかみしめるゼノン。シーランと村人はがっくりと膝を落とし、「そんな……」という声が漏れた。
「また……また、俺たちは奪われるのか……」
「……! な、なあもういいだろ!? ちゃんと全部話したんだ! だから、俺を開放――ガッ!?」
言葉の途中、ゼノンの拳が盗賊の腹に突き立てられる。わずかな呻きの後に盗賊は気絶し、次いでゼノンは、わずかな間も惜しいと言わんばかりの勢いでそこらにたむろしていた盗賊の馬に飛び乗った。
「そいつを見張っておいてくれ!」
そして声を張り上げ、シーランたちに言う。その声に宿る厳しさにシーランたちは活を入れられ、彼らは背筋を伸ばして「は、はい!」と答えた。
「で、ですがゼノン様は? ゼノン様はどうするんです!? まさか、村に行くとか言うんじゃ――」
「当然、村に向かう」
飛び乗った馬を宥めつつ、ゼノンはそれが至極当然のことであるかのように言った。
「此度の件、盗賊どもの逆恨みが原因とはいえ、私が招いたこと――ならばその責は、他ならぬ私が取るべきであろう」
「……! け、けどゼノン様一人じゃ……盗賊どもだって、何人いるかもわからないのに!」
「案ずるな」
力強い声。
「私は負けぬ――決して負けぬ。お前たちの住む村を救うためにも、盗賊ごときに屈したりはせぬ」
そして決して揺るがぬ意思を湛えた声が、シーランたちにかけられる。
そのままゼノンは馬の腹を蹴り、
「――行け!!」
と言って、村の方へと駆けていった。
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