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盗賊どもの頭目は、気分が高揚するのを感じていた。
ガタイの良い体とひげ面の顔、そして野卑な光を宿す目を持つ彼は、今、眼前の村の様子を満足気に見やっている。
そこでは、凄惨な略奪と虐殺の場面が展開されていた。
部下の盗賊どもは村中に散らばり、手当たり次第に家屋を壊し、村人を襲い、モノを奪っては火をつけて回っている。
先の襲撃でめぼしいモノは粗方奪い、人を殺し回った後である。しかし彼らはそんなことなどおかまいなしに暴虐の限りを尽くしていた。
「ああ……たまらねえなあ、やっぱり」
その光景を見て、恍惚気な声を出す頭目。
彼は人が苦労して築き上げ、作り上げてきたものを奪い、壊すのが大好きだった。そしてそれと同じくらい、人が殺される様を見るのが好きだった。
そんな彼にとって、盗賊は天職だったといえるだろう。
……だからなのか。
頭目は、自分たちの邪魔をする奴が大嫌いだった。特に正義の味方気取りで、自分たちに刃向かう奴が。
そのためか、ゼノンから命からがら逃げてきた部下の話を聞いたとき、復讐してやろうと決意したのである。そのための舞台が、この村だった。
「さぞいい顔をしてくれるんだろうなあ……村の、この様を見たら」
ぐびりと、コップに注がれた酒を飲む盗賊。酒が回り、赤ら顔になった彼の口には下卑た笑みが浮かぶ。
彼の脳裏には、蹂躙されつくした村の姿に崩れ落ちるゼノンの姿が浮かんでいた。
正義の味方気取りの奴がこの惨状を見れば、想像した通りにさぞ悔しがってくれるだろう――怒ってくれるだろう。その様を思う存分に笑い飛ばし、嘲ってやればもっと面白いに違いないと、頭目は思う。
眼前で繰り広げられる惨状を、彼はこの上なく楽しんでいた――とはいえ、である。
「……少し、時間をかけすぎてるな……今度は徹底的にやれと言ったが、ただの村人相手にここまでかかってどうすんだ」
ため息を吐く。どうやら今度は後がないと思った村人たちは、僅かながら抵抗をしているらしい。農具を武器代わりにし、村を蹂躙する盗賊どもになけなしの勇気を振り絞って立ち向かっていた。
仕方ないとばかりに頭目は肩を回し、得物である斧を背中から取り出す。
自分も村の蹂躙に参加しようとした、まさにその時であった。
「恐れるな、村人たちよ!!」
そんな声が、村に響いたのは。
※
ゼノンは、馬を全力で駆けさせていた。
馬が潰れるのも構わず必死に馬を急かし、その甲斐あってさほど時間をかけずに村へと辿り着いた彼は、すかさず剣を抜く。そのまま近くで村人を襲おうとしていた盗賊に馬を向かわせ、すれ違い様に切り捨てた。
そして、大音声で「恐れるな、村人たちよ!!」と叫ぶ。
「盗賊ごときに屈することはない! 駆けつけるのが遅れたが、貴方たちには私がいる――この、ゼノンがいる!!」
馬を走らせながら、盗賊を切り捨てながら、尚も彼は叫び続ける。
「戦え――戦え、村人たち! いずれ私が、全ての賊を切る。その間だけでいい、勇気を振り絞って戦うのだ!!」
叫ぶ最中、馬が潰れた。刹那、ゼノンは飛び上がる。そして近くにいた馬に乗った盗賊を蹴り落とし、馬を奪って再び駆け始めた。
「後ろにいる人を思い出せ――大切な人を、守るべき日常を思い出せ! それを蹂躙される怒りを沸き立たせろ!! 決して許せぬと、許してはならぬと己の心を奮い立たせるのだ!!!」
ゼノンが剣を振るう度、血飛沫が飛ぶ。
ゼノンが剣を振るう度、盗賊どもの悲鳴や怒号が村に響き渡る。
「戦え――」
そして轟く、ゼノンの叫び。
「戦え――!」
彼が駆けるごとに盗賊は切り捨てられ、その姿に村人は勇気づけられる。
「戦え――!!」
鬼神の如き戦いぶりを見せる彼に、盗賊どもは恐れをなし始める。
「――戦え!!!! 戦うのだ、村人たちよ!!!!」
幾度となく響く叫び。
ゼノンは戦って、戦って、戦い続けて。村の各地で盗賊どもを追い立てる。
その活躍はやがて、劇的な変化を生み始めた。
「ッ――!!」
声にならぬ咆哮が、村人達から上がる。
絶望的な状況に、希望もなくおざなりな抵抗をするだけだった村人たち。しかしゼノンの叫びとその活躍に、生き残れるかもしれないという希望を抱く。
そしてその希望は、蹂躙を待つだけだった村人達に活を入れ、彼らの戦いを支えた。
「あの人の、言うとおりだ――このまま、死んでなんかやるものか!!」
「皆、戦おう! 戦って、あいつらに目にものを見せてやるんだ!!」
口々に言う村人たち。彼らは決死の形相となって襲いかかる盗賊どもに立ち向かい、押しとどめる。
戦いの経験も、装備も違う両者。しかし決死の覚悟を備えた彼らは盗賊相手に踏みとどまり、ゼノンが来るまでの時間を稼いだ。
一方、盗賊ども――
「だ、ダメだ! こんな奴、勝てる訳ねえ!!」
「あんな化物、やっぱり相手にしちゃいけなかったんだ!!」
「逃げろ、逃げろおおおおおおおおおおおおお!!!」
ゼノンの叫びが響くたび、森で命からがらゼノンから逃げ出した盗賊どもは、その強さを思い出して震え上がる。ゼノンと初めて戦う盗賊どもも実際に目の当たりにしたその強さに恐慌し、逃げてきた者達の話は本当だったのだと思い知って身を震わせるのだった。
村の各地で、村人たちの気炎が上がる。盗賊どもは逆襲する村人たちによって勢いを削がれ、そこにゼノンが割り込んで蹴散らされる。
すでに盗賊どもの士気は地に落ちた。彼らの中には武器を捨て、一目散に逃げる輩も続出しており、村人達は益々勢いを増して盗賊どもに襲いかかる。
「――クソがあああああああああああああああああ!!」
そこに、怒声が響いた。
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