Chap.1

2/11
14人が本棚に入れています
本棚に追加
/154ページ
 とデリカシーのかけらもない声量で言ってくれたので、周囲にいた先生たちがこちらを見てくすくす笑った。玲は真っ赤になって「ありがとう」と言うのが精一杯で、恥ずかしさのあまり、用事を忘れてそのまま職員室を出てしまいそうになったくらいだった。  そして五時間目の国語。  前回の授業で、いくつかの短歌を習った。最後の十分間で各自好きな短歌を一つ選んで、感想を書いて提出した。今日の授業の最初に、その中のいくつかを、誰が書いたものかは伏せて、先生が読み上げた。玲の書いたものも読み上げられた。  玲の感想を読み上げた後、先生が苦笑して言った。 「ま、これなんかはちょっとセンチメンタルすぎますかね」  他の生徒達の書いたものについては、先生はなんのコメントもつけなかった。玲の書いたものにだけ、そんなコメントをつけたのだ。しかも苦笑して。  どうして?  二学年の国語の先生は大屋(おおや)先生という。定年間近の男の先生で、俳句が趣味らしく、いつも授業開始と同時に、まず黒板の左端に俳句を書きつけ、それを生徒達に書き写させる。蕪村とか芭蕉とかの句ではない。先生自作の句だ。  授業の声は小さめで、つぶらな瞳をぱちぱちさせながら「ま、——ですかね」「私なんかは——なんて思いますがね」「——ということですが、どうでしょうかね、はい」と、生徒のほうを見ず囁くように喋るので、授業なんだか、先生の独り言を聞かされているんだか、わからない。  国語は得意科目だし、作文も得意なほうだ。今まで大屋先生のことをいいとも悪いとも思ったことがなかっただけに、玲は混乱した。  どうしてあんな意地の悪いことを言われたんだろう。  よくない作文だと思うなら、読み上げなければいいだけの話なのに、わざわざ読み上げて批判するなんて。それも私のだけ。何か先生に嫌われるようなことを、私が言ったか書いたかしたの?  考えても考えても、思い当たるようなことはなかった。  六時間目の社会。授業中、まだ大屋先生のことを考えていたので(というより、空想の中で大屋先生のところに行って抗議していたので)、先生に当てられた時に何を質問されたのかわからず、「すみません、聞いていませんでした」という羽目になってしまった。
/154ページ

最初のコメントを投稿しよう!