Chap.1

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 二谷先生は、陰で生徒たちから触り魔とかセクハラ教師とか言われている。後ろから肩を触ったり肩を抱いたり、筆や鉛筆の持ち方を正すのに、どう考えても不必要に長い時間手を掴んだり、髪を撫でたり、頬を触ったり。  何年前のことだかは知らないが、授業中、ある男子が、 「先生、それセクハラじゃないですか」  と言ったところ、 「何言ってる馬鹿者。こんなのはな、俺が修行したヨーロッパじゃ普通だ、普通。スキンシップだ」  呵呵と笑って答えたそうだ。  そしてその男子はそれ以降、それまで5段階評価の5だった美術を3に下げられたという。  とにかく、やたらと触ってくる先生なのだが、これまでは玲もなんとか耐えてきた。  でも今日はそのあとがあった。  玲の首筋をべったりと触った後、先生はそこに顔をつけてきたのだ。  多分唇がついた、つまりキスをされた、ということなのだろうけれど、目で直接見ることができないので、はっきりとはわからない。ただ、わかったのは、先生の顔が首筋にくっついてきたということだけだ。  全身が硬直した。  先生はすぐに他の部員の方へ歩み去っていった。  玲の右側に少し離れて座っていた、D組の竹山海斗君がこちらを見ているのが分かったけれど、玲は必死にキャンバスだけを見つめて筆を動かし続けた。  大袈裟でなく、ほんとうに必死だった。  必死に抑えなければ、パレットと筆を床に投げつけて、美術室から走り出てしまいそうだった。    片付けの時間になり、玲が水道で筆を洗っていると、竹山君がすっと隣に来た。  竹山君とは一年生の時同じクラスで、一緒に図書委員をやった。今年はクラスは違うけれど、また図書委員会で一緒だ。  どちらかというと物静かな学年一の秀才で、かっこいいというよりは綺麗な顔をしている。少し近寄り難いような雰囲気の持ち主で、打ち解けて話したことはないけれど、玲は前から竹山君のことを素敵な人だなと思って、密かに憧れていた。  背の高い竹山君は、自分も筆を洗いながら、少し身を屈めるようにして玲に小声で話しかけた。 「大宮さん、大丈夫?」
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